天上の 8 |
幸村に拒絶の色が浮かんだのは、三成にもわかった。 彼が黙りこんでいる間に、どんな結論がなされたのかは知らない。 ただ、やはり幸村は三成を拒む。 「…幸村」 ああ、それは嫌だ。 今一瞬でも、何かを言おうとしていたのに、幸村はもう何も言おうとしない。 嫌だった。幸村が欲しいと思う気持ちは時を重ねるごとに膨れていく。萎むことはない。 至近距離にある幸村の身体。ほんの少し前まで、その肩に顔をうずめていた。幸村のにおいがした。それがどうしようもないほど、三成を欲情させていた。 こういう時にどうすればいいのか。 これまでに経験がないわけではない。女相手ならば。 しかし三成が相手にした女は皆その場限りの女ばかりで、感情は伴わない。そもそも受け入れて当然のように相手をしていた。当たり前だ。相手は皆遊女だったのだから。 だから、こういう時にどうすればいいかわからなかった。 本当に欲しい相手がいる。触れ合うほどの距離に。 「幸村」 「…みつなり、どの。もうしわ…っ」 覆いかぶさるように抱きついて力任せに押し倒した。自分よりもがっしりしている男の身体。槍をとったら右に出る者はいない。そういう男の身体だ。均整のとれたしなやかな身体だ。おかしかった。 自分はこんなものに欲情するのか。 「…幸村。嫌なら殴っても蹴ってもいいから、抗ってくれ」 そう言うと、三成は幸村の了承もなく首筋に噛み付くように触れた。普段触れられることの方が稀なその部分に、幸村が反応してびくりと身体が震える。 幸村の着物に手をかけると、そこでようやく幸村が抵抗のようなものを見せた。 三成が進めようとする手をとって、そこで押しとどめる。 「三成殿…、は、私の何を見て、私を欲しいと思うのですか。私は何も出来ません。夜伽せよと言うのならば、」 「…ッ違う!」 幸村の言葉に、頭に血がのぼった。腕を振り解き、幸村の顔のすぐそばの床を強く叩く。言葉でうまく表せない。ただ、むしょうに嫌だった。そうではない。幸村、そうではないのだ。でもやろうとしていることはそういうことだと言われれば、そうなのかもしれない。 ただ、三成の中ではそんな話ではなくて、もっと生々しい、もっと違うことなのだ。 言葉に出来ないけれど、欲しいと思う心は確かだ。これだけは間違えようがない。 この心が、幸村の言うようなこととは違うことだけは確かだ。おかしいといわれればおかしいのかもしれない。どうすればわかってもらえるのだろうか。どうすれば、この気持ちを真っ直ぐ受け止めてもらえるのだろうか。 三成は何度も口を開きかけ、そのたびに何も言えずに何度も床を叩いた。そのたびに、夜の静かな空気が震える。 三成が幸村を組み敷いているのは三成の部屋の外、廊下だ。誰かがこの前を通れば、何をしているか一目瞭然だった。何をしているのか、三成にだってわかっていない。 「…みつ、なり、どの」 それまでずっと黙っていた幸村が、息を詰めた。それから、おそるおそるその手が三成の頬を包む。 幸村の体温が、夜の冷気に触れた頬にあたためられる。その手にされるがまま、三成は視界が霞むのを感じた。 もう言葉もまともに出てこない。智将だなんだと言われて、実際己も自分は頭が良いと思っていた。なのに、こんな時にこそ必要な言葉が何も浮かばない。言葉の残滓のようなものが閃いては消えていく。そんな時でも、幸村が欲しいと、それだけが渦を巻くように三成を支配している。 もうこの身は獣か何かに成り果てたか。 今度こそ、止まらないだろうと心の片隅で思いながら、幸村の着物を剥ぎ取った。 幸村は抵抗をしているのか、三成にはよくわからなかった。相変わらず三成の視界は霞んでいて、言葉は意味を成さず、ただ身体だけが貪欲に幸村を求めている。 幸村の肌に舌を這わせれば、反応がかえってくる。戦にあっては勇猛な幸村が、この場ではほとんど生娘のようだった。うめきにも似た声は、嫌悪が滲んでいたか、それとも違うのか。 都合のいいようにとって、何も知らないふりをして、幸村の意思などまるで無視して、ただそうしたいからそうする。 何がしたいのかわからない。幸村の、何が欲しくてこうしているのか、知っていて、わかっていて、なのに。 「…ッ」 幸村のからだを無理やりにひらかせれば、幸村が怯えたように息を詰める。その動作一つにしても、三成を追い詰める。 ほとんど、ならしもしなかった。無理をしている。これでは拷問だ。幸村が痛みに涙を浮かべる。三成はといえば、霞む視界に、それでもたしかに、幸村の中に己を埋めている痛みに、笑っていた。 「…痛い、か」 ようやくまともに呟いた言葉は、幸村をいたわる言葉のように聞こえて、その実そうではなかった。そうさせているのは三成本人だ。痛みに顔を歪め、唇をかみ締めて、幸村の抵抗などとうになくなっていて、そうさせたのは三成本人なのだ。刀傷を受ける痛みと違う。 涙目になっている幸村の顔色は青白い。 それが酷く痛々しくて、こんな痛みを与える自分は、なんて酷い奴なのだ、と思う。 しかしそうして痛みを与えて、その痛みに耐えるために必死に喘ぎ、泣いている幸村を、愛しいと思う。 三成が腰を動かしはじめれば、幸村の悲鳴じみた喘ぎは断続的に聞こえるようになった。 声を殺しているから、余計酷く穿つと、その瞬間に幸村の声が高くなる。 「…俺は…幸村」 「……うぁ…ッ、み、つ…」 それにしても視界が霞む。頭も痛い。からだだけは火照っていて、その熱の中心を、もうただひたすらに幸村に穿つだけだった。どれだけそうしていたかはわからない。一度達して、まだ足りない、と幸村をさらに抱きしめた。 「幸村。泣いているのか」 幸村はぐったりしている。無理もなかった。痛みをこらえ、喘ぐ声を止めるために、かみ締めていた唇の端からは血が滲んでいる。そこがすでに赤黒くなっていて、どれほど負担をかけたのかがよくわかった。 しかし幸村は、掠れた声で、呟く。 「…泣いて、いるのは…三成殿です」 「…なに?」 何を言っているのか、と思う。泣いているのは幸村の方だ。そうさせたのは自分で、今またさらに、そうしようとしている。 なのに。 「…気づいて、おられません、か」 幸村が力なく微笑んだ。そんな。どうしてこの状況で笑えるんだ。幸村の感情も何も、全部無視して、幸村。 「…俺、は…」 頬に流れるそれが己の涙だと知ると、途端に何もかもが現実感を伴って自分に立ち戻ってきた。痛い。無理やりに幸村を組み敷いて、幸村の言葉を否定して、でもやっていることは同じで、こんな風では、幸村を欲しいと思う気持ちだけが空回りしているではないか。 「…幸村が、欲しい。それだけなんだ…」 手に入らなくて、自分では手の届かないところにいるそれを、引きずりおろすように、がむしゃに掴んで、汚して。 欲しい欲しい欲しい。そればかりを押し付ける。 天上に伸ばされた手の先に、掴んだそれをもう離さないと強く壊れるまで抱きしめる。 そういう行為だ。自分が可愛いだけの、本当にただの子供だ。 「…すまん。もう、しない。幸村…」 まともに幸村の顔を覗くことができなかった。抱きしめているのに、本当に遠いもののようだった。 何もない。 こんな風に無理やりに手に入れたとしても、何もない。 そう思うと、もうどうしようもない気持ちばかりが、三成を打ちのめした。 |
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…………。いーじーらーぶ…(逃げた) |