花に嵐




 春になった。同盟期間が終わった。真田からはまた同盟を組まないか、という話があったが、秀吉はそれを蹴った。三成からの助言があったからだという。
「戦」
 秀吉は戦場の図面を眺めて、ふむ、と一つ膝を打った。
 真田と戦をする、というのは別段秀吉には何の感慨もない。どちらにせよ秀吉の天下は目前で、真田一つにかかずらってばかりいる時間はなかったのだ。
 ただ、その話を三成が提言してきたのは意外だった。
「三成、本当にいいんじゃな」
「はい」
 三成の返答に迷いはない。三成の策は、策とも呼ばない正々堂々としたものだった。ただ正面からぶつかる、というだけである。
「おまえさんは真田の次男坊とはずいぶん懇意にしていると思うとったが」
「はい」
「…従属せいと、勧告することも出来るぞ」
「真田は従いませんでしょう」
「…ま、そうじゃな」
 真田の一族は皆一癖も二癖もある者ばかりだ。策に長けているのかと思えば異常な強さで敵を蹂躙する。
 勢力図を見てしまえば、従属せよと言われれば従うしかないだろうと、普通ならば考える。が、相手があの真田では到底そうは考えられなかった。
 そこらへんが、また損な一族ではある。
「三成がええなら、ワシもええ。支度をせい」
「はっ」
 頭を垂れ、秀吉のもとから辞去すれば、三成は意気揚々と廊下を足早に通りすぎる。すでに彼の中では戦が始まっていた。
 季節は春。桜が風に舞い、あたたかい陽光に誰しもが頬を緩める。そんなときに、三成は一人ぎらぎらとしていると言ってよかった。
「殿、気合入りすぎじゃあないですか?」
 左近が思わず肩を竦める。もちろん左近は、三成が何故こんな風に本気なのか、その理由を知っている。正直、仕方のない人だとも思う。
 が、考えてみればこれは凄いことでもある。
 左近を三成が召抱えた時、彼は破格の禄を提示してきた。部下と同じ禄でもいいというその心意気は、簡単には出来ない言動だ。
 その時点で、気づいていればよかったのだ。
 この人は、本気で何かを手に入れようという時は、手段など選ばない。
(いや、違うか)
 選んで選んで、選び抜いて、一番効果的な策で手に入れようとする。部下も、恋慕う相手すらも。
 たしかに左近に対してあの禄を持ちかけたことは、効果的な策だった。自覚はないのかもしれない。が、彼の中の無意識下でそういう計算が行われている。実際左近はそれで感動もした。仕えてみればずいぶんと人使いの荒い男だったが、あの禄をもらっていることを考えれば、まぁ当然か、とも思える。
 ならば今回の策はどうか。
 真田との同盟を提案したのは、やはりこれも三成だった。
 あの頃の真田には勢いがあり、それは誰が見ても得策だった。実際、何度も戦場で真田の援軍に助けられている。
 武においては真田の突進力は恐ろしい。そして、一族全員ともに、頑固な一面があり、彼らを懐柔するのは決して楽な話ではない。
 ならば、彼を仲間に引き入れる為に一番いいのは。
 戦。
 これしかない。
「あの真田との戦だ。入念な支度が必要だろう」
「いいんですか?幸村と戦うことになりますよ」
 わかりきったことを聞いてやれば、三成はさも当然というように不敵に笑った。
「俺には好都合だ」
「捕縛ですかな」
「もちろんだ。幸村の力は、秀吉様の為になる」
「殿、そういうかたっくるしい話は別にいいんですよ」
 大義名分など必要ない。
 どうせ今は、ここには二人しかいない。三成の、幸村に対する感情など、飽きるほど聞かされている。本人に言ってやりなさい、と何度もそう思ったものだが、ついに言えずに今に至る。
 言えなくて、言えなくて、焦れに焦れて、思いあまった彼がついに動いた。
 動いた先にあるのが戦だというのが、実に彼が本気なことが知れた。
 戦いに負け、彼を捕縛し、豊臣に降らせる。真田という一大名はそれで消えてなくなるが、三成はそれについては考えていないようだった。
 とにかく、そうすれば幸村を手に入れることが出来る、と。
 普段ならば、彼が怪我などしようものなら大騒ぎだというのに。
「…俺は幸村を手に入れる。俺には、幸村が必要だ」
「そうでしょうな」
 三成の切れ長の目に宿る色は、どんな感情を含んでいるのか。
 ただ、少なくとも。
 今の彼は、普段表向きに見せる目と違う。一言で言うなら獣のような目だと言ってもいい。
 何でも計算しながら動くこの男に、あらゆる計算をさせ、しかし先の先は計算させない。

 真田幸村は、三成にとってそういう相手だ。

 だから、幸村がどれだけ苦しもうと知ったことではないだろう。
「三成殿…」
 戦場で、対峙したとしても。
「幸村」
 三成は鉄扇を握り締め直した。ずしりと重い感触を確かめて満足する。
 口許にはかすかに笑みすら浮かべていたかもしれない。
 でもそれは、別におかしくなったわけではないのだ。いや、そもそもがおかしいのか。
 幸村を手に入れたいとそればかりで、それ以上の何も考えないで。
「まさか…三成殿と、戦うことになろうとは」
 幸村は辛そうだった。辛そうに、苦しそうに槍の切っ先をこちらに向けている。
 ああ苦しいんだな、息が出来ないのだろう、だから、ほら。

 こっちにおいで。

 三成と幸村の武器が、それぞれ激しい音をたててぶつかりあった。
 季節は春。
 真田の一族は潰えた。
 桜が舞っていた。風は萌える緑の匂いを運んでいた。


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エンパのあの科白の衝撃についカッとなって(ry
しかもすいません続きます よ…。
ちょっと三成がやばいかんじですいません。発売まもないゲームのネタバレ文アップしててすいませんんん。