existence
りさこ様




石田三成は真田幸村を好きだと言う。
真田幸村は石田三成を好きだと思う。
同じ気持ちか同じ言葉か、望んだのはどちらだったか、本人にしかわからない。
まったく同じ感情が、三成にも幸村にも、それ以外の個体にもあらわれるものだろうか?
それ自体に誰しもが明確な答えなど探し出せない。
どんな哲学を用いても、共有し得ない願いであったはずだった。

「意味も意義もまして価値すらない私です」

幸村は三成を見ないようにつぶやいた。
三成が思うほどに、幸村は幸村自身を好きになれはしない。
三成とて、それは同じだ。
だが、三成は時に傲慢なまでに自信家な面も持っていた。

「そんな尺度を必要とせずとも、俺はお前を認めるだろう」

三成は幸村から目を逸らさず、告げた。
視線が絡まなくても、見つめられている事はわかった。
晩秋の空気はどこまでも冷たい。
今にも触れそうな膝先だけが、わずかに熱を帯びていた。

「傷つきやすく壊れやすく情けなく、過剰に臆病でも、俺はここにいる」

三成は常に無く、腹の底から声音を搾り出した。
低い小さな囁きだったが、圧倒的に細さを感じさせない力強さだった。
困ったように幸村は視線をさまよわせた。

「それだけで生きていけるのですか」
「生かされているのかもしれない。いや、生きている」

三成の言葉は断定的だ。
確かに幾多の戦を舐め、それでも生きている互いがいるのだから、自信を持ってもいいはずだった。
三成はすこしばかり膝を進めた。
下から覗き込むように見上げられ、幸村もとうとう目を合わせずにいられなかった。

「俺もまた生身をかいくぐって産まれた死体だ」

潤んだ瞳を睨むように細めながら、三成は言った。
幸村はさらに戸惑った。
生あるいは生への執着の塊のような男ですら、戦の世に生きる苛烈さ刹那さを理解している。
論理ばかりが先に立つと思わせる三成なだけに、その言葉の威力は凄まじい。

「ひとは産まれさせられるのです。望んではいない。願ってもいない」

首を振り、幸村はもう一度視線を外した。
そうでもしなければ、吸い込まれそうな鳶色の虹彩に一瞬でも怯んだ事が悟られてしまいそうだった。
正論を常に吐く三成が正しいのだと、認めてしまうには悔しすぎた。
幸村は自分が何も不幸不遇の権化だとは思わない。
だとしても、三成よりは悲観に満ちた境遇で過ごしたはずだ。

「では幸村、お前に問おう。何故、俺はここにいる?」

にやり、と音がしそうなほどに三成が口角を上げた。

「望まれ、願われた存在だけがここにいるのだ」

はた、と幸村が三成を見た。
見たこともない、やわらかな頬だった。
豊臣の至宝とうたわれる才子には似つかわしくない。
驕りも何も感じない、年上の男の顔がそこにあった。
稚気に近い反発を、幸村は覚えた。

「私も、ここにいます」

無意識に口が割られる。
期待を込めていたのかどうか、幸村は思い至りもしなかった。
だが、三成はすべてを汲み取り、微笑みを返した。
誰の心にも配慮をしない三成を、こうもさせるのは、相手が幸村だからに他ならない。
三成本人ですら、無意識に心が働くのだ。

「お前の意思かもしれない。そうでないかもしれない。だが、俺はお前を望むだろう」

三成はまっすぐ幸村を見つめて言った。
虚言を嫌う三成らしい、何の衒いもない言葉だった。
涼気たなびくはずの静まり返った居室に、幽かな月明かりがそっと差し込んでいた。

「今宵の三成殿は、何を仰りたいのか…」
「わからぬか?」

頑固に目を逸らし続ける幸村の頬を両手で包む。
鼻先が赤いのは、寒さのせいではないのだろう。

「…お前が望もうと望まなかろうと…生まれてくれて、ありがとう、と…そう、言っているのだ」

くしゃくしゃに歪んだ顔で、幸村は何度も頷いた。


BACK

りさこさまのHPにですね、アップされていたんですよ。わたくし、これアップされた日に読んでいたんですよ。にも関わらず、自分の名前のとこにブラックリストでも載せてたのかというくらいの勢いで気づかなかったんですよ。ちょっありえなくね?(爆)ほ、ほんとすいませんでしたりさこさんんんん!!
自分が好きになれない幸村に、なんとか生まれてくれてありがとうって伝えたくて難しいことを言ってるんだけど最後はストレートに、でも恥ずかしくて顔赤くしてる三成が大変萌えです。もうっ三成ったら!!!もっと言ってあげてもっと言ってあげて!!とか叫びたいくらいほんとにもう!!
りさこさんほんとにありがとうございますぅぅぅ!!
ほ、ほんといただいてよかったのですか私ごときにガクガク。あああ幸せすぎる…!!
りさこさまのHP「負け犬」(11月27日にサイト名変更予定だそうです)