寝ている。 三成は呆れたように立ち尽くした。いや実際呆れたし、それが幸村以外の者であれば、蹴倒して起こした後に皮肉や嫌味の豪雨を降らせてやるのだ。 しかしそこで大口開けて寝ているのが、他でもない幸村となると話は違う。 その場所は、以前に幸村が教えてくれた場所だった。 幸村自身は確か、兼続と慶次に教えてもらったとか言っていたような気がするが、それはいい。三成にとっては幸村に教えてもらった大切な場所だ。 丘の上、生い茂る緑。温かな陽射しから穏やかに休む人を安心させる木陰。時折そよと吹く風。 丘の上に立っている大木は、何の木なのかは知らない。ただどうも桜ではないらしかった。花を咲かせて人の目を彩る鮮やかさとは違う。新緑が目を和ませる。 桜ではないから、春になっても特別に他人の目につかない。ただ、なんとなくそこは誰かを待つのにいい場所ではあった。 そんな場所を教えてもらった時のことを、三成はよく覚えている。根を詰めて仕事をしていた時だ。秀吉様の天下はついに本格的なものになり、太平の世が来た。笑って暮らせる世が来たのだ。 そこで自分が奮起しないで誰がするというのだ。 そう思っていた三成の顔色は、それはそれは悪かったらしい。見かねた幸村が、彼にしては珍しく無理やりに連れてきた場所、だった。―――三成殿、お疲れの時はここで休むのが良いです。良い具合に城からも離れていて、目立たないので誰かが探しに来るにしても、ここを当ててくる者はそういません。 ―――…しかしそれだと、幸村にはわかってしまうな。 ―――……あ、そうですね。確かに。 今日そこに来たのは、幸村がいないとおねね様が騒いでいたからだ。 大の男の一人が城を空けてどこぞへしけこむなど、よくあることだというのに、彼女は一喝した。幸村に限ってそんな事はない、ときた。 たしかにそれはその通りだ。幸村は実際馬鹿がつくほど戦う事に一直線。自分の力を磨き上げることばかりを考えていて、女については…。 「………」 想像できんな、とぽつりと呟いた。 実際のところは想像したくなかったのかもしれないが、それにしても。 やはりこの男には、色恋には目もくれず、ただひたすら己の道を探して走っていればいいと思う。 出会った時こそ、どことなく頼りない印象も持ったものだったが。 それを裏切られたのは出会ってすぐ。小田原城攻めでの幸村の戦いぶりは凄まじかった。勝てる戦ではあった。しかし誰よりも奥まで攻め込んだ。 強い。しかしどことなく弱さもあった。 「……まったく、幸せそうだな」 寝ている顔は、それはもう弛緩しきっていて、これがあの真田幸村かと思う。戦っている時の彼はそれはもう、いっそ美しくもある、のだけれど。 しかし寝顔を独占できるのは、三成には妙に嬉しいことだった。 普段はどちらかというと人に囲まれている幸村を、こうして独り占めできることは珍しい。 そういえば早く起こして戻らねば、おねね様が何と言うだろう。下手をするとさらに大部隊が幸村探しに駆りだされることになる。実質的豊臣最強である彼女にしてみれば、たとえばあの御しがたい慶次や島津にしても、押されてしまう可能性があった。 それに、自分の仕事もある。 「…幸村」 起きろ、と続けたところで、幸村は寝返りをうった。 そよ、と風が吹く。木陰が風に揺れた。 「み………りどの」 「幸村?」 今。 呼ばれたような。 うわごとで自分の名を。 何を、考えて彼がここに来ていたのだろうか。休みたかっただけか、誰にも干渉されたくなかっただけか。 そんな時に、無意識に、呼ばれた事が。 「………俺は、甘くないか…幸村に」 今ここに兼続や左近がいたら、頭を縦に力強く振って頷かれてしまいそうだ。だけれども。本当に。 仕事なんか放っておいて。 おねね様が誰を駆り出して幸村捜索にあてがおうとも。 もう少し、ここにいたかった。 出来ることなら、もう一度呼んでもらえないだろうか、と思いながら。
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