ゆきのひのはなし




 もうすぐ新しい年を迎えようというこの時、幸村の周辺は具合を悪くするものが多かった。
 少し前に普段より早いくらいの雪が大阪で見ることが出来た。最初は雪だ雪だと喜んでいたのもつかの間、雪は止まずに積もりに積もった。
 積もった一日目はまだ元気だったそれぞれも、一人二人と体調を崩しはじめて、今では幸村の知り合いの半数は床に伏せっている。
「誰が倒れたって?」
「くのいち、甲斐殿、三成殿、正則殿、清正殿、でしょうか」
 今元気にしているのは、もともと北に居を構えている兼続と政宗たち。それから幸村くらいだった。
「あとあれじゃ、立花宗茂もじゃろう」
「ああ、しかしあの方はァ千代殿が看病されているようですし」
 不器用なりに看病しているようだが、体調不良のまま時折宗茂が清正たちのところに逃げ込んでくる。病床にあってもいつもの通りの宗茂で、いつもの通りにァ千代を困らせているらしい。怒ったァ千代が雷切を振り回しているだとかなんとか。まぁ結局は宗茂はァ千代の家臣たちに引き取られていったが。
「ふん、こちらも孫市が体調を崩しておる。まったく軟弱者にも困ったものじゃ」
 政宗、兼続、幸村といった面々は、雪が降る直前に大阪入りしており、翌日からのこの大雪に立ち往生している状態だった。幸村は生来から健康で小さな頃から雪が積もっては大喜びで駆けまわった。兼続、政宗にしてみれば雪など見飽きるほど見慣れたもので、寒さへの対処もお手の物だ。
 この三人はまったくもって体調を崩す気配はない。
「先ほど三成を見舞ってきたが、どうも左近も体調を崩しかけているようだな」
「左近殿まで」
「まぁ仕方あるまい。この時期に雪が積もるのは珍しい。今年はどうも例年より厳しい冬となりそうだ」
 兼続がやれやれと肩を竦める。とりあえずどうしようもないから三人で寄り集まって談笑しているわけだが、その間にも雪はしんしんと積もっている。
「このままでは明日にはどこかの屋敷が倒壊するのではないか。体調を崩していない者は雪かきじゃな」
「そうですね。どうもこちらの雪は重いですし」
「水っぽいのだな。手配するとしよう」
 兼続は難しい顔で頷く。政宗も同じように頷いた。雪は止む気配がない。
 困ったものだな、と誰からともなく呟く。大阪入りしていた面々も、足どめをくらってしまうし、その上陣頭指揮をとるべき面々は皆体調不良で倒れているとなれば、ため息の一つもつきたくなるものだ。
「しかし今年は天候も不順ですね…」
「まったくじゃ。おかげでこちらは収穫も良くない」
「ほとんどのところがそうだろう。多少年貢の事も考えてやったらどうだ」
「考えておるわ馬鹿め。幸村のところはどうじゃ」
「こちらもそうですね、あまり良くないという話ですが」
 春夏秋冬と今年はどの季節でも通年より、春は嵐が続き、夏は日照が足らず、秋はすぐ終わって冬になった。当然ながら最初にその被害を受けるのは農民たちで、年貢がおさめられなければ当然政宗たちのような武士も困る。
「まったく、その上で戦などと言い出すかとひやひやしたが」
「そういった事は、三成が把握している。太閤殿もさほどの無理はしない」
「どうだかな」
「おまえに逸る心があるからそういう事を考える」
「何?」
 二人の議論が白熱していくを聞きながら、ふと幸村は外の方へ視線を向ける。無論締め切った部屋の中では外は見えないが。
「……それにしても」
 ぼそりと、何の気なしに呟いて、幸村ははっとした。二人がこちらを注目している。
「…私たちは元気ですね」
 そう言うと、兼続と政宗がふむ、と腕組みして黙り込む。これだけ後から後から具合が悪くなる者がいる状況で、この場の三人はさっぱりだ。
「なんじゃ、具合が悪くなりたいのか」
「いいえ、そういうわけではないのですが」
「まぁこれではっきりしたわけではないか」
「何?」
「何ですか?」
「最終的に雪を制する北の勝利だ!」
「…はぁ」
「雪とこの寒さに対し我らの気概が勝利したという事だ!喜べ!」
「幸村よ」
「は、はい」
「この馬鹿を黙らせぬか」
「……」
「馬鹿とはなんだ、たまに褒めてやったというのに」
「いや、もういい。言うておれ…」
 やれやれといった様子の政宗に兼続は憤慨している。幸村はその二人を眺めて、ああ本当に元気だなぁ、なんてしみじみ思って笑うのだった。



BACK / NEXT