君に対する感情の名前に、まだ。




 危なっかしい、なんてきっと誰もが抱く感想なのだろう。
 だけど今、それに気づいた自分は、きっと何度も何度も言われた言葉を、また言う人間が現れた、という程度の認識をされるのか。
 そう思うと、少しだけ苛立った。
「私は恵まれていると、そう思います」
 幸村にその事を伝えたのは、たまたま宴の席で隣だったからだ。珍しく幸村は兼続の隣ではなく、清正の隣に来た。理由などないのだろうが、それに少しだけ気を良くしていたのも事実だ。
 共に徳川を倒した。その相手。あれ以来、幸村とも顔を合わせる機会は多かったし、話すことも格段に増えた。秀頼からの信頼を得ているというのもあるし、幸村は真面目だ。政事のことはからきし 駄目だと言うが、それでもある程度のことは出来たし、人脈がある。自然、大阪へ呼び寄せることも増えて、最近ではしょっちゅう大阪に来ているようなありさまだ。
「清正殿にも、そのように気をつかっていただいているとは…」
「…にも、か」
 チ、と小さく小さく舌打ちした。それは、何の気なしの言葉だったのだろう。だから幸村には、その言葉に対する苛立ちの理由など伝わらない。伝わってほしいとも思わないが、それでもやはり悔しいことは悔しい。
「……何か、気に障ることを言いましたか?」
「気にするな」
 何かもっと、別の言葉をかけられたらいい。だが、きっと誰もが、まず彼をそう評する。三成もそうだった。三成がまだ生きていた頃には、それをただただ、実感もなく聞いているだけだった。さほど親しくなるきっかけもないまま、だったからだ。
 だが一つの敵に対して共に戦ってからは、だいぶ変わった。
 戦場では凛としていたその男が、実生活の中ではどこか天然で、恐ろしいほど鈍感で、女にもてる癖に自覚の一つもなくて。
 その癖、戦場では本当に、手を伸ばしたくなるような背を見せる。
 視線を奪っていく。視界を、染めていく。そういう人間だ。
「……おまえは怖い」
「…私が、ですか…?」
 よくわからない、という顔をしている幸村は。
 宴の席だというのに全く酔っ払っているように見えなかった。酒に強いと言っていたのは誰だったろう。全くぶれないその姿に妙なことを思う。
 ああ、こいつをどうしようもなく乱れさせることが出来ればいいのに、とか。
「………………」
 不思議そうな顔をする幸村の、真っ向からの視線を受けて清正は思わず俯いた。とんでもないことを考えたものだ。そしてそれを知らずに無邪気に向けてくる視線の痛みときたら。
 まるで、何かに恋でもしているような胸の高鳴りだ。
「……呑め」
「あ、はい」
 空だった盃に酒を注いで、煽る。幸村は律儀にそれを受けてはかなりの早さで酒を飲み干していった。一体どうなっているのか、同じ調子で幸村も清正に酒を注いでくる。負ける気しかしない戦いの火ぶたが切って落とされた。

「…う…」

 数刻後、予想していた通りに酔いつぶれる清正がそこにいた。
 幸村はへらへら笑っているものの、傍目にはまだまだ余裕があるように見える。夜もとっぷりと更けて、気がつけばあちこちで屍のように酔いつぶれる者たちが転がっていた。
 清正の視界はまさに前後不覚状態だった。ぐらぐらと揺れる世界は平衡感覚が全くつかめないまま、板の間の上に転がっても全くおさまらない。
 羽目を外すことなどここしばらくなかったことだ。だいたいいつも、先に誰かが酔いつぶれていたから、こんな風に自分が倒れるほど呑むこともなかった。
「………」
 揺れる視界の中、清正はうつぶせだったのを転がって仰向けになった。
「…だいじょうぶ、ですか。…きよまさどの」
 幸村も、呂律はあやしくなりはじめているのだ。きっとあと少しで酔いつぶれる。そんな気がする。だが、ここで起き上がって酌をするほどの余裕も、清正にはなかった。
「…だいじょうぶに、見えるのかよ…」
「ですよね…ふふ…今、なら」
「……?」
「いまなら、わたしが言えますよ」
「…なに」
「あぶなっかしい、って」
 奇妙なほど綺麗に笑う幸村に、清正はただただ呆然とそれを見つめていた。何だろう。一体何が起こったのやら。
 清正は呆然と幸村を見つめた。それこそ、穴があくほどじっと。
 何かうまい言葉も思いつかない。揺れる視界で、幸村も揺れていて、なんだか酷く心許ない気分になった。幸村にしてみれば、してやったりという気持ちなのかもしれない。きっと、ひそやかに戦いの火ぶたが切って落とされていたのも、彼なりに気づいていたのだろう。幸村の笑顔は、勝者のそれのように見えた。
 どちらにせよ、清正はその幸村の腕をとる。腕を掴み、少しだけ引っ張ればたやすく幸村は清正の上に転がってきた。抵抗はほとんどない。酔っ払いの力で引き倒されて、ころりと転がるほど、幸村も酔っ払っている。
「…あはは、すいませ…」
 起き上がろうとする幸村の腕をとったまま、放さなかった。気づかないふりをして、折り重なったまま。妙に熱く感じるのは酒のせいなのか、それとも別の何かなのか。
 清正はぼんやりその揺れる世界に身を任せた。しばらくすれば、きっと誰かが幸村と清正を回収しに来るだろう。それまでの少しの間。完全にただの酔っ払い二人が折り重なっていても誰も気にしない。
 だから。
「…き、きよまさどの」
 放して下さい、という声が聞こえた気もしたが、清正は双眸を閉じた。眠ったふりで、それをやり過ごし、でも手に力は込めたまま。
 何がしたいんだ、と問われたら、さて何て答えようか。
 思いながらとろとろと夢の中へ転がり落ちる。今は、少し前に考えた不穏な欲求も、隣に座った幸村へ感じた喜びも、今こうして折り重なっている部分の肌が熱く感じること。そういうことを深く考えずにいたかった。





BACK

ツイッターリクエストの清幸。自覚直前。