いつか太陽に落ちてゆく日々 7 |
「兼続様!」 馬を走らせてまださほど経っていない時に、馬上の兼続に声をかける男があった。身なりから、おそらくは農民だろう。兼続が手綱をひいて止めたのを見て、関平もそれにならう。 「おお、どうした!」 「どこかへ行かれるのですか!」 農民はどうやら元々上杉の領地の民らしい。直江兼続という男は、上杉の民にはずいぶん信用されている、とは信玄の言葉だ。 実際それを目の当たりにしたのは今がはじめてだ。兼続はしごく当然といった様子で馬から降りて、関平を振り返った。 「すまぬ関平殿、少し話を聞きたい。時間をもらってもいいか」 「あ、はい。大丈夫です」 兼続の連れに、男は無言で頭を下げた。別段隠すような話でもないから、と男と兼続はすぐ近くの大木に腰を落ち着かせる。 「兼続様、これからどこへ行くんです」 「遠呂智を探すのだ」 「お、遠呂智は生きているのですか!」 「わからん。だからそれをこの目で確認する。遠呂智が死んで、なおこの世界が元に戻らんのもおかしな話だろう?何かあると思うのだ」 「そうですか…。いや、その。おれらも気になってたんです。だってやっぱりおかしいです。戻らんのじゃないかと思うと、不安で」 「案ずることはない。私がちゃんと見てくる。だから、少し待っていてくれ」 不安を隠せないという男は兼続の言葉に何度も頷いた。 こういう時の兼続の声は凄い、と単純にそう思う。元々妙に響く良い声だが、不安が散らされていく気がする。関平も口には出さなかったがそう感じた。 普段は義とか何とか、物凄い勢いに毎回押されてしまうのだけれども。 「そ、それに。その…」 「なんだ?」 「あの、なんていうか…死んだ奴が生きてんのが、怖い」 「……それは、前にも言ったな?遠呂智には我々の摂理は通用しない。だから、生き返ったと思える者たちは皆生きている時代からここに来たのだ」 「そ、そうなんですが…。やっぱり、家族やなんかは喜んでますけど、その…俺らは、あいつが死んだとことか、覚えてますから」 よほど無残な死に方をしたのか。そう思って関平は知らず息を呑んだ。 兼続はほとんど無表情だ。表情豊かな彼がそうして何も表に浮かべないのは、妙な違和感があった。 「人が、そこにいるのは理由がある」 「…兼続様」 「遠呂智だとて、理由もなくそうしたわけではあるまい。聞くことが出来たならば、聞いてこよう」 「は、はい!き、聞いていただけてよかった!俺ら、あいつらが…なんか、生き返ったように見えて。家族の奴らが引き止めて、遠呂智に願掛けでもしたのか、とか思って」 「…まぁ、閻魔大王に嘆願するよりは話が早そうだが。大丈夫、ちゃんと世界は戻る」 「はい」 兼続の力強い言葉に、男は安堵したようだった。 関平は黙って二人のやりとりを聞いていることに徹した。今までこの二人がどんな会話を交わしたものか、全くといっていいほど知らなかったし、それに兼続が一体どんな理由でこの男に、そうまで断言できたのか。それがわからなかったからだ。 「引き止めてしまってすんませんでした」 「いいや、構わない。何かあったらいつでもおいで」 「俺たち一人一人の言葉なんて聞いてたら、兼続様の身が持ちませんでしょ」 「この身がどうなったところで、上杉の民の言葉はあますところなく聞きたいものだ」 笑った兼続に、男は肩を竦めてありがとうございました、と頭を下げた。 待たせた、と振り返った兼続に、関平は頷く。馬に跨り、ゆっくりと馬を歩かせ始めたところで、関平は思わず口を開いた。 「兼続殿は、ずいぶんと慕われていらっしゃるんですね」 「不安だからだろうな」 それに冷静だ。 遠呂智との戦いの最中だった頃は、謙信についてやたらと暑苦しく義だなんだと騒いでいたような気がするのだけれども。 少し考えを改めた方がいいのかもしれない、と思って関平は自然と気を引き締めた。 「死んだはずの人間が軒並み生き返っている、というのは。やはり知っている者にしてみれば恐怖以外の何でもない」 「そうですね。話には聞いたことがあるという人が動く様を見るというのはやはり不思議です」 「それに彼が見たというのは、私が殺した相手だからな」 「…そうなんですか」 「死んだ者を返せと言われたのでな。錯乱していて私の声も届かぬほどだったから、自ら閻魔大王に頼めばいいとした」 「………」 その場のことを知らないから、関平には何もいえなかった。一体何があってそういったことが起こったのかわからない。ずいぶんと非情な話だ、と感じて眉を寄せる。 「ははは、言葉に困ったか」 「………それが義だったのですか?」 「さぁな。しかし私の持つ武器は言葉で、伝わらなかったとするならば仕方ないよ。遠呂智も同じだ。通じないなら倒すまで。そんなものだ」 兼続は笑っている。別段何かを気にした風もないその様子に、関平は少し怖くなった。謙信の後ろについている少しうるさい人だ、という認識が音を立てて崩れていく。 何故そんな結論にたどり着いたのか。その時どんな様子だったのか。直江兼続という人はどんな人なのか。 こんな陰のような部分を見せて、なお笑う兼続。そして今までその兼続をつき従えて顔色一つかえなかった、謙信も。 (…よく、わからないな) 思えば信長の考えることすらわからなかった。理解に遠く及ばぬところで戦をしていた。魏の曹丕すら手玉にとるような男だった。 黄忠が曹操に似ていると言っていたが、やはりそうなのかもしれない。 (彼らのいた場所、って…どんなところだったんだろう) 趙雲は朝も早くから眉間に皺を寄せていた。庭先で一人、ぼんやりと頬杖をついてはため息をついている。 「随分、たくさんため息をつかれますのね?」 突然かかった声に、趙雲は驚いて大仰なほどに肩を震わせた。 ―――遠呂智。 人の気配のしない、人の生きている気配のしない、この殺気。 危険が、迫っている。 |
BACK NEXT |
お久しぶり更新。馬超と趙雲については、親友設定です。できれば小づきあいから本気殴り合いになるくらいの関係で。 |