いつか太陽に落ちてゆく日々 28 |
掌から伝わってくる熱は、熱い。 押し倒され覆いかぶさるようにされている幸村は、身を硬くしているものの、決定的に逃げを打とうとはしない。 三成は幸村が逃げないのをいいことに、掌を握り直してさらに逃げられないように力を込めた。その強さに、幸村が一瞬気を取られる。 「…逃げぬのか」 改めて聞くのも愚かしい事だったが、それでも三成は幸村からの言葉が欲しくて、わざと問う。幸村は頬を赤くしていたが、逸らしていた視線を戻した。 強い視線にぶつかる。その視線の距離に眩暈がしそうだった。 「…一体何故、信じていただけぬのですか」 密接した距離は、今まで体験した事もないほどのものだ。 吐息すら感じる。それすら熱く感じるほどだ。 「何故、信じていただけないのですか。何故…」 幸村の言葉に、三成は気付く。 そうだ。あの関が原、あの戦場で三成自身、おかしいほどに幸村を信じていた。 だというのに今、一つの名前が出るだけでそれが揺らぐ。 自分がどれほど望んでも、そこまでは到達できない。生まれた場所も、生きた時代も違う人間が、幸村との距離をこれほどまでに詰めることが出来る。その事実が。 三成が、どれほど望んでも努力しても、そこまでは出来ないのに。 それが悔しくて仕方ない。どうしようもない事だというのに、焦燥を生む。ちりちりと胸の内が焦がれるような感覚を生む。 たいした時間も共有していないはずなのに、幸村からの全幅の信頼を受けて、また逆も然りで。 「…信じたいのだ。幸村」 趙子龍。たった一人、その名が出ただけでこんなにも揺らぐ。 幸村にとっては、信頼できる友のうちの一人なのかもしれない。実際そうだろう。三成が幸村に抱くような、狂おしい感情など持っていない。 だが。 (信頼すべきは俺一人だと) 他の誰よりも信じてくれればいい。はじめて幸村が、趙雲を引き連れてここまで来たように。あの時のように、幸村が自分の為にここに来るという、その喜びをもう一度感じたい。 三成は、覆いかぶさるそのままに、幸村の髪を撫でた。そのまま輪郭にそって、指で触れていく。 恋人同士がするように触れられて、幸村は困惑気味にそれを受け入れた。 そのうちに、その指が唇をなぞる。それでも逃げない幸村に、三成は自嘲気味に笑った。 証を見せろと言ったからだ。 幸村は、そのまま口付けられても逃げなかった。 ただ、さらに怯えるように身を硬くして、三成から与えられる感覚に震える。 「…っ」 角度をかえて、もう一度。今度はきつく閉じられた唇をざらりと舐めて、深く口付けようとする。幸村はおずおずとそれを受け入れた。 途端に深い口付けを交わす。この段になっても、まだ逃げられないように。幸村を抑えつける力は一層増した。逃げられたくないという気持ちの、強い顕れだった。 どれほどそうしていたか。幸村の身体からはすっかり力が抜け、身体の熱が、更に熱く感じられるようになった頃。 廊下が騒がしくなった。張遼のようだ。 どうやら幸村を探しているようだった。 三成は、しばらく動かずにいたが、幸村が小声で三成を制するのがわかった。それはそうだろう。もし部屋に入られて、この状態を見られでもしたら、と思えば。 だが三成は、はじめて幸村が浮かべた非難に近い声に、どことなく安堵すると同時に、幸村の思う通りになどしてやるものかというつまらない意地が働いて、動けない。 「…っ、み、三成殿…っ」 「大人しくしていろ」 体裁を取り繕うということは考えなかった。幸村を組み敷いたまま、張遼の足音が近づくのを聞く。幸村殿、いらっしゃらぬか、と生真面目に声をかけてくる張遼は、すでに部屋に程近いところにいた。 「や、やめてくださ…っ」 なだれ込むように部屋に入った二人だ。襖は開いたままになっている。部屋に誰かいるのは気配で感じられるだろう。目に見えて困惑し、焦る幸村に三成は笑った。 ふ、と。 その目が、片目だけが赤く光る。 「!?」 それに幸村が息を呑む。 途端だった。 張遼が、開いている襖の前に立つ。その瞬間。 ゴ、と音がした。地面そのものに雷が走ったように見え、何を思う間もなく、激しい震動がした。張遼が、声をあげる前に吹き飛ばされる。 そのまま強く柱に身体を打ちつけた張遼は意識を失ったようだった。 その力は、まるで。 「み…つなり、どの」 幸村の声が強張っている。 三成は、自分の掌を訝しむように見つめた。何を考えたわけでもなかった。張遼に見られてもいいと思うほど、幸村との距離は縮まっていて、覚悟していたはずだった。 が。 あの力は。 深く考える前に、ずきりと酷い痛みが三成を襲った。怪我をした腕が痛む。 だがそれと同時に頭の中で、あらゆる声がした。 あれはどこだろう。捕えられた自分が見える気がした。三成は頭を振って、その映像を振り払おうとする。が、その映像のようなものは、三成を蝕むように何の制止も利かない状態でするすると流れはじめる。 辞世の句を読み、罪人として斬首される姿が見える。明るい色の髪。 間違いなくその罪人は、石田三成。自分だ。 (…俺は) まだ、生きているか。 途端に不安になった。見つめていた掌からは、すっかり熱が失せ、指先は酷く冷えていた。熱を欲するように、三成は幸村に触れる。性急に、肌に触れた。ぬるく感じる幸村の熱。 「三成、殿…っ!」 この首は繋がっているか。 制止しようとする幸村が、三成の肩を押す。しかし抵抗は本気ではなかった。だから三成は、その手をとると邪魔にならないように幸村の帯紐で括りつける。帯を取られたことで、幸村の着物がつけているだけのような状態になった。 三成は幸村の身体の上、まるで這うように指先を動かす。普段触れられることのない箇所に三成の冷えた指が撫でていくのを、幸村は敏感に震えながら感じていた。 それがまるで、熱を奪われているように見えて。 「幸村」 行為の最中、ずっとずっと名を呼んでいたのを、覚えている。 そのたびに、幸村は僅かに反応を返す。それを感じて、三成は短い間隔で安堵してはまた不安に陥れられることを繰り返していた。 この声は聞こえているか。 この熱は自分のものか。 この身体は自分のものか。 首は繋がっているか。生きているか。 全て、幸村が応えてくれていたにも関わらず、見えた景色に三成はどうにもならない焦燥を呼び覚まされた。 この身体の内に蛇がいる。 三成の不安と焦燥を糧にして喜び、頭をもたげる蛇がいる。 |
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張遼ごめん(爆) |