いつか太陽に落ちてゆく日々 11




 合肥新城は遠呂智軍の侵入を許し、結局曹操の素早い判断でその城は遠呂智の手に落ちた。
 ―――はずだった。
 城内を単独で歩きまわっているのはくのいちだ。
 たった一人、自分以外に人の気配がないその城は、やけに白々しく冷たい雰囲気を保って静まり返っている。
 本来ならばここには、あの気味の悪い遠呂智の手下どもがひしめきあっていなければならない。
 城を攻めた場合。そして落城せしめた時。まずは本陣を引き払うにしても、その城に残る者がいる。
 そうしなければ、城を落とした意味がない。
 だが、くのいちの歩くその城はもぬけの殻だった。
 実際ここで、くのいちがどれほど大声で歌を歌おうとも、咎める者は一人としていないだろう。
 城が落ちて、二日が経っている。
 二日前の朝、軍議を終えてしばらくしてから侵攻が開始され、まんまと侵入された。
 それから僅か数刻のうちに、曹操はその城を捨てることを決意した。
 いくらなんでも持ちこたえることは出来まい、という数がすでに城内に侵入していたからだ。曹操の判断は早かった。すぐさま合図を送り、全員がその意味を知った。
 それからは散り散りになって城の外へ逃げ延びた。
 くのいちは前日の夜更けすぎに幸村のもとへ信玄の言伝を伝えにきている。その任務自体は成功し、幸村にそれを伝えることは出来た。
 遠呂智の作ったこの世界に放り出された時、くのいちは最初に幸村を探した。彼が無事だったのはひとえにくのいちの陰の努力があったからだ。幸運なことに幸村はうまく遠呂智軍の手からは逃れており、無事だった。多くの者が遠呂智に捕えられ、もしくは生死の知れない状態だったから、五体満足で無事なことを知った時には心底安堵したものだった。
 しかしすぐに幸村はくのいちを手放した。この世界に放り投げられた他の者たちが今どうしているか、その情報を仕入れるように頼まれた。この世界がおかしいことはすぐに幸村もくのいちも気づいていたし、実際本当におかしかった。だからまず死んだはずの信玄のもとへ。幸村の無事とそれから他の国や書物に出てくるような人々のいる勢力に近づいた。
「…おっかしいよねぇ〜…」
 この世界が出来てから、もう何度言ったことか。
 そして遠呂智が倒されて、平和が訪れて、でも世界は元通りにはならなくて。
 幸村が、魏にいる間に倒したはずの遠呂智軍から攻撃に遭い。
 その日のうちに、くのいちは兼続を見つけ出した。蜀―――劉備がいるところへ向かっている兼続たちを、魏に向かわせるためだ。
「かくれんぼでもしてるのかにゃ」
 だからこそ、くのいちは困惑していた。いるべきはずの人々がおらず、落城したはずの合肥新城は不気味な静けさを生んでいる。
 くのいちの声が反響して、神隠しにでもあったのではないか、とすら思わせる。
 何が目的なのか。何が目的で、城に侵入し攻め込んで、そして落城させたのか。
 意味のないことをしたのか?生きていることを示すために攻め込んだのか。
 遠呂智が実は生きていて、それをただ示すため―――。
(意味わかんない)
 遠呂智はもともと意味のわからないことをする。だけれども何かしら意味はあるのだと思っている。
 だから、何かあるのだ。
(…生きてるって言いたいのかな)
 果たしてそれを、何故曹魏の連中に知らせたかったのか。
 遠呂智と同盟を組んでいたからか。しかし同盟を組んでいたとはいえ、力関係はその同盟が破棄されるまで同等ではなかった。
 だからこそ、あんなにも曹丕に対して不満が募ったのだ。魏にとどまる意味を見出せず、飛び出した者もいた。
「―――…なんで?」
 しかし、その問いに答える者はなかった。
 遠呂智も妲己も、確かに自分たちは倒した。
 世界は平和を取り戻し。

 でも、確かに、世界は戻らない。





 話を終えて戻ってきた曹丕と幸村は、それぞれ言葉数が極端に減っていた。
 もとより必要なことを必要なだけしか喋らない曹丕にはさほどの違和感はなかったが、幸村からはどこか疲れているような、そんな気配を感じ取った。
 しかし三成が口を開くよりも先に趙雲が幸村に声をかける。
 何の話を?と問われて幸村は曖昧に笑う。少し離れたところで見るその笑みはやはり疲れていて、趙雲に対し気をきかせろと苛立った。
(…俺は一体、何をしているんだ)
 世界がこうなる前、三成は関が原に在った。
 大筒はすでに停止し、西軍方で参加していた武将たちが相次いで叛旗を翻し。
 その時ずっと、鉄扇を握りしめて歯を食いしばり、思っていたではないか。
 何故ここに幸村がいないのかと。幸村がここにいてくれればどんなにか、と。
 死が垣間見えた時、感じたのは純粋な幸村への想いだった。
 幸村一人がいることで何が変わるわけではない。なのに、こんなにも信じたがっている自分がいた。
 あの時の、感情を。
 ―――伝えられる日が来るのだろうか。
 趙雲と話している幸村を見ていると苛立ちばかりが募る。
 だからこそ、その時三成は幸村を睨むように見つめていたのだろう。視線を感じたのか幸村が顔を上げた。
 険しい表情の三成に、幸村は驚いたように視線を彷徨わせて、また俯く。
 遠い。
 遠呂智が世界を滅茶苦茶にした日から、もうどれくらいが経ったのだったか。幸村や、兼続や、左近といったそれまで近くにいた人々がいなくなって どれだけの月日が流れただろう。
 幸村に何故と問われても三成は己の考えを貫いた。そうやって、遠呂智を倒した。
 だが世界は元に戻らず、距離は。

 幸村との距離まで遠くなって。

(俺は結局、墓まで持っていくのか)
 この想いを。
 伝えてはいけない気がしている。伝えたら最後、幸村はこの感情に引きずられる。そんな気がしている。
 だが、この感情を幸村に吐き出すことが出来たならどれだけ楽だろうとも思う。
 南中で再会した時、まず幸村が無事なことに安堵した。それから、酷く辛そうな表情で、「何故」と言われて揺らいだ。
 幸村の言葉や表情にいちいち一喜一憂して、なんでこうも愚かなのかとそう思う。
 辛い。
 何が辛いのかと問われたら、それは幸村との距離か。それとも伝えられないこの想いか。それとも、自分より余程気負いなく幸村に接するあの男のことか。
 どちらにせよ。

 愚かしいにも程がある。





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言うなれば総集編(笑)話が全く進んでないことに驚いてみました(爆)