いつか太陽に落ちてゆく日々




 遠呂智は倒した。しかし歪んだ世界は戻らない。
 時折訪れるその光景に、遠く何かを思い出すような気がして首を傾げることがある。
 だけれども、それはこの歪みきった世界で見た、もとの世界の光景であるからかもしれない。
 周りに幸村と親しかった人間が少ないのも原因かもしれない。
 義の誓いを交わした三成も、兼続も。お館様もいない。くのいちもいない。
「幸村殿」
 物思いにふけっていれば、唐突に声をかけられた。振り返れば趙雲がこちらの様子を窺うようにしてそこにいる。
「趙雲殿。どうされました?」
「それはこちらの科白だ。憂い顔だったから、何か気になることでもあったのかと」
「…いえ、少し今後のことを考えていたのです」
 趙雲には何故か取り繕って適当なことを言う気になれず、幸村はぽつりぽつりと語りだした。遠呂智は倒れた。世界は戻らない。歪みは歪みのまま、終わることがない。
 ならば今まで築いたものは、離れ離れになった友たちは。
 そんなことを思っていたのだ、と。
「…確かに、遠呂智さえ倒せば、と思っていたが」
 思っていたことと、現実は違っていた。遠呂智が何のためにこの世界を作ったのかは知らない。ただ時折見る光景に胸が熱くなることがある。それは、おそらく元の世界で自分に関係する何か、がそこにあるからだ。たとえば幸村であれば江戸城。炎上する城の天守閣に立って、幸村は呆然と竦んだように立ち止まっていた。
 それは、彼の運命に関係あるものだったのかもしれない。
「私はよくわからないんだが…。元の世界から歪んで出来たこの世界では、皆が生きていて、この世界に立っていたように思う」
「そうですね」
「病で死んだ者、戦場で討ち死にする者、そういう運命を、遠呂智は全て吹き飛ばしてやり直せと言っていたのかもしれない」
 吹き飛ばして。
 そしてまたここでやり直せとでも言うように?
 遠呂智の真意を知る人間などいただろうか。彼の唯一の直属であった妲己でも、彼の本心など知らなかっただろう。遠呂智に味方した慶次が、何か知っているのではないかとも思ったが。
 その彼も今は行方知れずだ。
「…やり直せ、と言われても。…先のことなどわからなくば、どうしようもありませんね」
 幸村は苦笑して顔をあげる。
 見上げた空は昔と変わらないはずだが、やはり違うのか。少なくとも。今見る景色の大半はあまり知らない光景で。
 だけれども、時折訪れたこともないはずの場所で立ち止まる。
「今得た関係を、なくしたいわけではありませんが…それでも」
 それでも。

―――説明すれば長くなるが…。ええい面倒だ。幸村、来い!

 あの時の彼の言葉が。
「元の仲間と、元のようにしたいとも思うのです」
「……そうだな」
 遠呂智は倒れた。劉備は戻ってきた。だけど世界は戻らない。散り散りになった元の仲間たちは、そのままそこにとどまり続けている。
 慣れない環境にいる者たちは、皆そう思っているのかもしれない。
 趙雲もそれについては何も言えなかった。実際、適応の早そうな孫市にしても時折ふと焦燥を見せることがある。それを思えば、幸村だって。
「だが、忘れないでくれ。我々蜀の人間は皆、幸村殿のことが好きだ」
「…はは。ありがとうございます」
「そう、だな…。では、君の仲間に逢いにいこ
「え?」
「劉備殿も無事戻ってきた。遠呂智の為に戦続きだったから、魏や呉もすぐに動き出すことはないと思う。多少の時間ならある。幸村殿の友ならば、私も是非話をしてみたい」
「しかし…いいのでしょうか」
「劉備殿は我々の気持ちを一番に汲んでくださる。大丈夫だ」
 そうやって笑う趙雲の、絶対の自信。自分の信じる人に対する眩しいほどの心。
 その人が無事に戻ってきた喜びを噛み締めている。こんな笑顔を、自分も浮かべられるようになるだろうか。
「それに、私も幸村殿の友だと思っているのだが…。違ったかな」
「…ありがとうございます。考えてみれば、不思議な縁ですね」
「そうだな…」
 出会うはずのない人。ずっと先の未来の人。かたやずっと遠い昔に生きていた人。
 人に寿命がある以上、交わるはずのなかったそれぞれ。
 その中で馴染めずにいるわけではない。蜀の人々は皆、劉備の心に触れているからかとても優しい。空気が柔らかで居心地がいい。
 だけど。
 それでも、ここは自分のいるべき場所であると言い切れない。
 歪んだ世界。歪んだままの世界。いつどんな時にどうなるのか、これからどうなるのか何も見えない世界で。

(逢いに行こう)

 皆に。そして元の世界にあった絆が消え去ったわけではないことを。


BACK NEXT

おろちで三幸…ですよ。タイトルは芝居のタイトルから。別ジャンルでも使った!適当なことかいてるところが多いですすいません。
趙雲むずかしいいいい。