愛の方に落ちておいで




 江戸城攻めの際、最も犠牲を払ったのは幸村の隊だった。
 関が原を生きて戻り、兼続も、そして幸村も、それぞれがそれぞれの場所での戦いに勝利したからこその今である。
 その日の江戸城攻めは、珍しく三成は前線に出ていた。立場上、本陣の守りを固めるべきだとは思っていたが、そこは秀頼ただ一人に任せていた。
 だから知るのが遅かった。
 幸村が徳川本陣に攻撃を仕掛け、猛攻の末、槍を折られて重傷を負ったことに。
 勝利に酔いしれていたのもつかの間、本陣に担ぎ込まれた幸村は恐ろしいほどの土気色で、ぐったりとしていた。三成たちが戻ってきたことに喜ぶ余裕もないようだ。
 一瞬ぞっとして、慌てて幸村に駆け寄る。
「幸村」
「………」
 返る言葉はない。俯いたきり、幸村は何も言わない。言えないほど辛いのかもしれない。
 手当てはしてあるようだ。しかしどれほど血が流れたものか。
「…っ、幸村、返事をしろ!」
「三成!」
 焦れた三成の怒声に、本陣がにわかに静まった。そんな三成を諌めるように兼続も声を上げる。幸村が、掠れた声で呟いた。
「申し訳、ありませ…ん」
 喋ることすら億劫なほど辛いのか。幸村はしかし顔を上げようとしない。
 髪の間から見える肌は泥に汚れ、血にも汚れていた。顔が見たい。今どんな表情をしているのか、その目で見たかった。幸村のもとへ跪いて、視線を同じくすると、そっと髪に手を伸ばす。ほんの少し、そうやって陰を取り除くように三成の手が幸村の髪を梳いた。
 僅かに見える、辛そうな顔。そしてよく見ればわかる、悔しそうな。
「…無理はするな、と言ったはずだ」
 その目を見て、三成は力なくそう呟いた。
 死さえ厭わぬという姿勢で戦に出る幸村を見るたび、三成はいつもそう言ってきた。
 そのたびに、幸村は「それでは負けてしまいますよ」と笑って答えた。私のことなど気にするなと言うように。まるで自分ひとりの命など、さしたる価値もないように。
「…幸村」
「……」
 こんなに誰かの命に対して何かを思う相手など、幸村以外にいない。
 だからこそ苦い。今回は、生きていたけれど。たとえばこの後また戦があったとして、その時に幸村はどうするのだろう。当然、今回の汚名をそそごうとする。そうしたら、どれほどの無茶をするだろう。
「………」
 周囲にはたくさんの人がいて、三成は一瞬躊躇した。しかし周囲のことを気にするよりも、今は。
 そっと幸村に耳打ちする。
「…幸村、おまえが生きていて、よかった」
 その言葉に、幸村の肩が揺れた。それから、その身体が三成の方へ少しだけ倒れ込む。
 肩を貸してやれば、幸村はその肩で泣いているようだった。
 震えるだけで、嗚咽もあげない彼の頭を抱きこんで、もう一度ささやく。
「大丈夫だ。…幸村はよくやってくれた。だから、そんな風に思い込むな」
「…う…っ」
 幸村の、誰かの役に立ちたいという願望は大きい。わかっている。だからこそ自分の命を投げ出してまで、戦おうとする。たとえば今は三成を助けるため。兼続のため。そして豊臣の、義の世の為。
 だけど、わかってほしいのだ。
 だから力を込めた。わかってほしくて、何度でも囁いた。
「幸村」
 生きていてほしい。死ぬことなど考えないでほしい。
 共に生きて歩みたい。
「…幸村」
 だから、守りたい。
 おまえが、俺を守ろうとするように、俺だって、おまえを守りたい。
 そんな風に考えるのは、おまえだけだと言葉には出来ず、ただずっと幸村を抱きしめていた。



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似たようなネタを絵板で書いてますね。三成外伝、四武器とりの攻略に「全味方武将生存(真田のぞく)」みたいなこと書いてあって逆上して書きなぐった(爆)