かわいいひと





 だって絶対そうだもーん!と大きな声で主張されて、ァ千代はたじろいだ。事の発端は宗茂で、小喬に可愛いものが好きだと言ったことが原因である。
 小喬はそれを聞いて、すぐにァ千代のところへ飛んできた。そして「可愛くしてあげるっ!」と、ァ千代に面と向かって言い放ったのだった。一種、挑戦状をたたきつけられたような気分になりながら、ァ千代は目を白黒させた。いっそ挑戦状の類の方がよっぽど、普段のァ千代らしい受け答えが出来たはずなのだが。
「…む、宗茂が何を言おうと、どういったものを好いていようと関係ない」
「なくないよお! なくないよお! ァ千代ちゃんが可愛くなったら絶対宗茂さま喜ぶもん!」
 そんなことあるものか、とァ千代は内心絶叫した。が、言葉にはならない。もし万が一、自分がこう…たとえば、柔らかくておしとやかな姫、のようなものになれたら。はたして宗茂は喜ぶのだろうか。あの声で、あの憎たらしいほど良い声で、そして笑顔を浮かべることに慣れた人間の笑顔で。
「ァ千代ちゃん、あたしがぜーーーったい綺麗にしてあげるからねっ! 宗茂さま絶対びっくりするよ!」
 小喬が完全に善意で言ってくれているのはわかる。何故なら彼女は全力の笑顔でもってそれを言っているからだ。小喬はいつだって全力で、それが少しからまわったりするけれど、きっと周瑜などもそこが憎めなくて、可愛いと思うのだろう。
「…な、何をする気だ!」
「まずその鎧脱ぐんだよ! お姉ちゃんも呼んでくるね、すごく可愛いやつ探してきてあげるから!」
 言うが早いか、小喬は全力で駆けていった。逃げるなら今だ。わかってはいるのだが、あれだけの好意をむげにも出来ない。もとより、ァ千代は小喬の性格を好ましく思っている。まったくもって、違う生き方をしている小喬とァ千代だが、小喬は基本的に屈託がないし、ァ千代は可愛いものは好きだ。
 そう、小喬は可愛い。
 くるくるした目。はつらつとした動きには迷いはない。自分はこうしたい、というのが、全力で伝わってくる。そういう人間を、ァ千代は好きだ。
「…可愛いいものが好き、…か」
 ひきかえァ千代自身はといえば、幼い頃から男装してきたし、男と肩を並べることになんら不思議を感じないし、だから可愛げなどない。それに他の女性に比べても、なめらかな身体つきもしていない、と思うのだ。
「ふん、その気持ち、よくわかるぞ」
 口に出して言ってみれば、何だか途端に負け惜しみのように響いた。
 別に、気にしてなどいないし、好きなものは好きと愛でればいい。宗茂がそうすればきっと女は喜ぶだろう。
 しかしそう考えると途端にもやりとわいてくるこの感覚は。
「………」
 はぁ、と小さくため息をついた。それはァ千代にしては珍しいため息だった。どうせ誰もいないと思ったからこそのものだったが、唐突に気配がした。はっと振り返る。
「どうした、ァ千代」
 宗茂である。
「…っ! き、貴様、今までどこに!」
「ん? ああ、小喬にァ千代を可愛くすると聞いてな。気になった」
「…っ、ざ、残念だったな!」
「ん? 何がだ?」
「か、可愛くなくてだ!」
 ァ千代の言葉に、宗茂は首を傾げた。傾げて、それからああ…という顔になる。
「ァ千代はもともと可愛いから問題ないな」
「な…っ、き、貴様、戯言も大概に…っ」
「戯言」
「そ、そうだ!」
「人の美的感覚が一つで語りきれないように、可愛いに対しても同じように語りつくせいと思うのだがな、ァ千代」
「…っ、だ、だから何だ!」
「だから、ァ千代は可愛い」
「は、話が飛躍しすぎだろう!」
「そうか? 困ったな、ァ千代は俺にどう言ってほしいんだ?」
「…っ」
 改めて問われると、さてどう答えたものかわからない。ァ千代が可愛くなくて残念だ、とあの声でしかも薄笑いで言われるのを想像したら指先が冷えた。かといって、今と同じようにああァ千代可愛いよ、なんて言われたとしても信じられない。
 望む答え。
「…し、知らぬ!」
 思わずその場を逃げ出そうとした。が、それをすんでのところで捕まる。実に淀みのない動きで、ァ千代の肩を掴んだ宗茂は、そのまま突っ切ろうとしたァ千代の動きを利用してくるりと彼女の身体を一回転するよう導いて、自分の方へ向けた。
 一連の動作があんまり淀みがなくて、その場で言葉を失いながらァ千代が顔を真っ赤にする。これでもか、というほどに。
「…っ、な、な…っ」
「ああ」
 正面から見つめて、宗茂はにこりと笑った。
「やっぱり可愛いな、ァ千代」
「何がだ! おまえの可愛いはおかしい!」
「そうか? ならば元就公にどちらが正しいか、判断してもらおうか」
「…っ、も、元就は駄目だ!」
「何故」
「……は、話が、長い…」
「はは、もっともだ」
 ふと宗茂は元就の言葉を思い出す。君には呪いがかかっているね、といったあの言葉。きっとァ千代も同じくだ。
 私は可愛くないっていう呪い。
 だけどそれは、自分で決めるものではない。たとえば男装していようと、男と肩を並べて言い負かすことがあったとしても、彼女は彼女だ。宗茂が、彼女を可愛いと思う事実が変わることなどない。
 だから。
「…ァ千代」
「な、何だ!」
「いつかおまえの呪いを解いてやる。…俺が」
「の、呪いとは何のことだ!」
「秘密だ」

 可愛い可愛い君。
 可愛い、と言われても信じられない君へ。
 大丈夫、君を可愛く出来るのは、世界中に俺しかいないよ。



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6月に出した立花夫婦本の中で、宗茂がァ千代に関することで、強いこだわりを持っていてそれが呪いだねっていう話がありまして。ややそれに繋がってる感じ。ドヤァァァァ…ってしてる宗茂が浮かびます(*ノノ)