ハピネス?




 鬼の首をとったように、とはまさにこのことだと三成は思う。
「もう、好きな子がいるなら誰かくらい教えてくれたっていいじゃないのさ」
 よくないし、よかったらとっくに言っている。
 そもそも三成はそういうことを他人に言うような性格ではないのだ。
 たまたま、本当にたまたま書き損じた書簡の端に書きつけた句を読まれた。
 それがたまたま恋文のような内容で、それをたまたまおねね様に見咎められた。最悪の連鎖だ。
 第一そんなことを無意識に書き綴ってしまった自分にも嫌気がさす。
 昔から三成を知っている奴らは興味津々である。正直勘弁してほしい。
「誰にも言わないよ、応援するからさ!」
 そりゃ相手が普通だったらまだこの抵抗も僅かに弱いだろう。
 しかし今回は本当に何もかも相手が悪い。
 見つかった相手も悪いし、慕う相手も悪い。言えるものか。
「もう〜。ほんとに意地っ張りだね!」
 もうその結論でいいからほっといてくれ。
 先程からの力任せの質問に、三成は必死の抵抗を続けている。物理的にも襖を隔てて、部屋には一歩たりとも踏み込ませないつもりだった。
 そもそもおねね様に知られたら、翌日には全員に広まっている。そういう予感だけは外さない自信がある。
 しばらくその押し問答が続いた。
 そこへ、事態を急展開させるだけの声がした。
「…どうかされたのですか?」
 ゆ、ゆきむら!!
「あ、幸村。ちょっともう聞いておくれよ!三成が」
 それだけは本当に勘弁してくれ、と三成はついに襖を力強く開いた。
 スパーンと景気のいい音がして、廊下にいた二人が目を瞬かせる。
「幸村!」
「はいっ」
「兼続が探していたぞ!」
「え、本当ですか。ところでおねね様、今なんと…」
「ん、あのね。三成にね、好きなひと」
「ゆきむら!!」
「え、ええと」
 おねね様の視線が痛い。が、とにかくここは切り抜けなければならない。
 策がはずれた時よりも今、焦っている。
「よくわかりませんが、三成殿に想い人が?」
「そうなんだよ〜。でも教えてくれないの」
 聞こえてるんじゃないか…。
 がっくり肩を落としかけて、しかしなんとか堪えた。
「…そうですか、でも三成殿に想われるとは幸せな方ですね。きっと美しい方なのでしょうね」
「え」
 にっこり微笑まれて、三成の心臓が急激に早鐘を打つ。
 とてつもない複雑な感情が全身を支配した。
「…そうかねぇ。伝わってないんじゃないかって心配だよ」
「大丈夫ですよ、きっと。あ、では私はこれで」
「…ゆ」
 頭を下げて足早にその場を去る幸村に、声をかけそこなった。
 反則ではないか。こんな。
「み・つ・な・り?」
「…はい」
「もう、ほんっと生きずらい子だよ!」
「な、何がですか。具体的に」
「応援しちゃうからねっ。後で幸村に」
「や、やめてください!」
「なんで!」
 またしばらくその問答が続く。
 伝わる日なんか来るものか。無意識に書き連ねる恋文も、絶対に知らせてなるものか。

―――でも三成殿に想われるとは幸せな方ですね。きっと美しい方なのでしょうね

 美しいのは認めよう。いや普通にしていてそれを美しいとは思わない。そういう見目の問題ではなくて、もっと内面奥底の美しさ。それは確かだ。
 だけれども。
 幸せだろうか。俺が想う相手はおまえで、おまえは。
 なぁ幸村、おまえ幸せか?





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2006.04.30初出。ブログ掲載小ネタでした。
とにかく恥ずかしい。


















































埋もれる声をひろいあげる。




 吹雪いている雪は次第に酷く視界を覆っている。
 それでも必死に走った。今伝えなければいけない。今伝えたい。
 それだけを祈るように思っていた。幸村の姿が見えた時、まだ遠く離れていたけれど、そこからでなければ呼び止められないと思った。
 ほとんど本能的に、吹雪の白のような真っ白の頭で叫んだ。
「幸村!!」
 声が届いたのは奇跡的だったと思っている。
 振り返った幸村を見て、躊躇いなど何もなかった。いつも口の中で輪郭を失う言葉が、今溢れかえるようだった。
 しかしその想いとは裏腹に、自然の驚異的な力が、何もかもを吹き飛ばした。
村、俺はおまえのことが好きだ…!
 ゴォ、と一際強い突風が二人の間を吹きぬけた。
 風の巻いていく音は、鼓膜を覆っていた。何も聞こえない。
 届かない。
 今しか言えない想いだった。伝えられなかった。こんなに大声を出して、伝えたかった想いは。
 その瞬間だった。
 幸村の声。聞こえたわけではない。口の動きが何かを伝えていた。
"もっと近くで"
 そう聞こえて、俺は吹雪の中を歩いた。雪は深く風は強く、数歩いったところで足を止める。しかし届くはずがない。それでも伝えようと、想いを言葉に乗せた。そのたびに幸村がもっとこっちへと伝えてくる。そのたびに歩いた。何度目だったかわからない。
 最初のような勢いはなくなっていた。自分の行為を恥ずかしく思う気持ちと、幸村が俺を待っていることに対する悦びがない交ぜになって、俺の顔は次第に俯きがちになっていた。
 そして気がつくと、すぐそばに、幸村がいた。
 幸村は、待っている。
「…幸村」
 風は強い。雪は深い。音は雪に吸われていく。風は音を吹き飛ばす。だけれども、もう決してそれで届かない距離ではなかった。
 幸村の耳元で、俯きがちに口を動かした。
「俺は、おまえのことが、好きだ」
 そう言った途端、幸村が笑った。
 優しい笑顔だった。
 そうだ、どうして気づかなかったのか。
 大声を出す必要なんてない。伝えたい人のすぐ近く、耳元で、その人にだけ聞こえる言葉を、確かな声で伝えればいい。
 そうすれば、伝わらない想いを嘆くことなどないのだ。何にも邪魔されることなどない。
 だから何度も、言った。
 想いの伝わることの、幸せに酔ったように何度も告げた。




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2006.06.02初出。ブログ掲載小ネタでした。
ぶりざーどみゅーじっ(ryネタ。ミハルさん聞こえますか、僕の声が聞こえますか、を三幸でやってみた。すいませんすいません。




















































伝わらなくていい




 一体どうしてこういうことに、と三成は混乱する頭で考える。
 酒宴だ、と言われたものの、三成は参加していなかった。もう少し遅くなって、皆が酒にのまれた頃にでも顔を出して、と思っていたのだ。
 仕事だったというのもある。つきあいで酒を呑むのが億劫だったということもある。
 どうやら酒宴自体は盛り上がっているらしい。今更参加して場を濁すこともないか、と聞こえてくる喧騒にそう思った頃だ。
「三成殿!!」
 何の前触れもなく、襖が開け放たれて、いかにも酔っ払いですという風情の幸村が半眼状態でそこに立っていた。
「ゆ、幸村」
 しばらくそこで仁王立ちにしている幸村は、見ているのだか見ていないのだか、三成をじっと見つめて視線を逸らさない。いまいちこころもとない視線が、三成を捕らえていて、かくいう三成も視線を逸らせなかった。
「……三成殿!何故酒宴にこないのですかぁっ」
「…仕事、がな」
 そう言われて、幸村はずかずかと部屋に入り込むとそれこそ三成に密着しそうな位置に座り込んだ。酒のにおいに紛れて幸村のにおいも感じて、三成がびくりと反応する。そもそも、幸村の髪が三成の頬を掠めるくらい近いところにある。
 一体何が、と思った瞬間、幸村が三成の手をとった。途端に、書き掛けの書簡を奪う。
 筆も一緒に奪われて、もろとも部屋の隅に放り投げられた。
 あれはたしか重要なものだったのだが、今の三成にはそれどころではない。
「三成殿は…わたしと酒をのみたくないのですかぁぁぁ」
「幸村、落ち着け」
「お待ちしていましたが全然こないではありませんかっ」
「今幸村が放り投げたあれが終われば行こうと思っていたぞ」
「三成殿ぉ…」
 え、と思った瞬間には幸村の身体が三成の方に倒れてきた。途端に感じる重さに、酷く焦る。
「ゆ、ゆき、ゆきむら?」
「うーん…すいませ、ん。三成殿…」
「え、いや、ああ?」
 酔っ払って睡魔に襲われているらしい幸村が、一度はもたせかけてしまった身体をどうにか離そうとするが、眠気の力は強いらしい。腕に力をこめたがどうにもならずにまた三成にもたれかかる。
「…だ、大丈夫、か。呑みすぎ…」
「三成殿とのみたかったのですよぉぉ…」
「……す、すまん」
「………」
「ゆ、ゆき…むら?」
 かえる声がない。心なしか先程よりも重さを感じる気がして、そっと覗きこめば、規則正しい寝息が聞こえてきた。まさかそのまま寝てしまったのか、と三成は途方に暮れる。
 まずこの手はどうすればいいのか。しばらく考えて、意を決するとぎこちなく幸村の背にまわす。
 おかしいくらい緊張しながらそうしてみても、幸村は目を醒まさない。
 そのことに安堵して、ようやく少しだけ緊張が解けた。
 どこまで幸村の本当の言葉だったのだろうか。
 一緒に呑みたかったというのは本当だろうか。よく左近に公私の区別をつけた方がいいと言われていたが、そういうことか。
 それでも。
 酒宴などは三成がいない方が盛り上がることが多い。特に幸村はよく声をかけられるのだ。だが三成がいると幸村はよくこちらを気にしていて。
(…見たくなかったのだな、俺は)
 幸村が他の誰かと楽しそうに酒を呑む姿を。
 こちらを気にして、あまり楽しそうに呑んでいないように見える、そんな幸村を見るのを。
 どこまでやられているのか。
 幸村に対して感じる心はいつも箍が外れていて嫌になる。
 僅かなことでも嫉妬心に煽られて、醜い心はさらに醜く凝り固まる。
 思わずそっと腕に力を込めた。
 だがそんなことを言ったらどう思われるだろう。
 いつだったか幸村が三成に対して純粋だと言ったことを思い出す。
 だけれども、そうではなくて。
 もっとずっと、胸の内では醜いことばかり考えていて、たとえば幸村をこのまま自分ひとりのものにして、誰の目にもつかないようにして、幸村が、三成のことしか考えないようになればいい、とか。
 でも、そうしたらきっと幸村の笑顔は消えるんだろう。
 そんなものは望んでいない。だけれども、そうしたいと思う心が、いつもどこかに燻っている。
 だから、
(俺が純粋などであるものか)
 今だって。
 このまま、抱きしめて、もう二度と自分以外の誰の名も口にしなければいい、と。
 そんな心を知ってほしいと思う傍ら、知らないでいい、とも思う。
「…幸村」
 眠っているのを確認する為に、名を呼ぶ。規則正しい寝息は途切れない。それをいいことに、幸村の耳元に囁きかけた。
「幸村。…好きだ」
 聞こえなくていいのだ。聞いてほしくない。だけれども、早くこの心を知ってほしい。
 常に幸村への感情は、二つに分かたれて苦しい。
「愛して、いる」
 どうすればこの感情がおさまるのか、知ってもらえれば消えるのか。満たされれば消えるのか。満たされることなどあるのか。
 満たされた時は、どんな風になるのか。
 想像もつかない。
 こんな風になるなんて、誰が思っただろう。
 だから、秘めて秘めて押し隠さなければ、ならない。
 たが、こんな風に無造作に何の作為もなく近づいてくる彼のぬくもりを感じながら、あとどれくらい我慢できるのか、そんなことも考えている。
 その果てに何があるのか。
 いずれ知ることもあるだろうか。そう思いながら、三成は幸村の背にまわした腕に僅かに力を込めた。




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200612.25初出。ブログ掲載小ネタでした。
恥ずかしい三成ですいません。