それはひとりというとりだ



 どうしてこんな風になってしまったんだろう。
「幸村」
 思わず視線が逸れた。目の前にいる人はよく知っている人だ。なんでこんな風に呼ばれるんだろうか。なんで、こんな風に、熱のこもった声で呼ばれるのだろう。背筋に何かが走った。今まで感じたことのない何かに、幸村の身体が自然と逃げを打とうとする。それを、三成が許さなかった。
 力でいえば、自分の方がたぶん強い。抗おうと思えば、たぶん容易い。三成は前線に出ることは少ないのだ。常に槍を振り回して、戦場を駆け巡る自分の方が。
 でもそれとこれとは話は別だった。完全に絡めとられている。
 どうすればいいのかわからない。逃げ方を忘れた。この腕から、この人から逃げるには、どうすればいいのか。
「そんな顔をするな」
「み…三成、殿」
名を呼ぶと、三成は僅かに微笑んだようだった。それも薄暗い部屋の灯りでははっきりとわからない。ただそんな気配がして、幸村は余計に緊張した。

 三成の部屋を訪れたのは、特に意味はなかったように思う。
 ただ、なんとなく顔が見たくなって、夜も更けているというのに、三成の都合も考えずに押しかけた。そうしてから、酒の一つでも持ってくるべきだっただろうか、と考えたりもしたのだが、三成はあまり気にしていないようだった。いつものようにあまり動かない無表情。
「どうした、こんな時間に」
「え、あ、その」
 顔が見たかったのです、と言えばよかったのだけれども、その時の自分にはそれはあまりにも口にするのは難しい言葉だった。本心は知られてはいけない気がしたのだ。自然、しどろもどろになってしまった幸村に、三成は僅かに眉を顰める。
「言えないなら、いい」
「あ、あの! ……突然、逢いたくなることは、ありませんか」
 言った後に取り返しがつかなくなるくらい顔が赤らむのがわかった。
「それで、来たのか?」
「す、すいません。三成殿の都合も考えず浅はかでした…!」
 思わず退室しようと立ち上がりかけたところを、三成がそれを阻んだ。つかまれた腕にこもった力が、意外に強い。
「幸村」
「そ、あ、あの。三成殿…」
「俺は、幸村に逢いたかった。来てくれて嬉しい。ずっと、おまえのことを考えていた」
「………」
 三成の瞳に熱がこもる。つかまれた腕が、振り払えない。
 ずっと考えていたなんていわれて、もう混乱寸前だ。何が起こっていて、どうすればいいのか、全くわからない。
 三成の顔が近づいてくる。何をされるかわかっても、身体が動かない。しかもその状態で、近づいてくる三成の顔の一つ一つの造作が整っていることに目を奪われる。綺麗な顔をした人だ。なんで、この人が自分に。
そう思っていると、軽く触れるだけの口付けがふってきた。
 ついばむような、角度をかえて何度もほどこされる口付けに、幸村の混乱が極まった。
「みつなり、どの」
「……嫌なら、逃げろ。俺はたぶんもう、止まらんぞ」
「私は…」
 三成は本気だ。どうすればいいのだろう。
 いや、違う。
 どうしたいのだろう。自分は。
 この腕から逃げたいのだろうか。それは、たぶん確かだ。気が狂いそうになる。今まで感じたことのない感覚に灼かれそうになる。平静を保つために、おかしくなった自分を見られないために。
 だけれども、逃げたくない。逃げ方を忘れたのではなくて、ただ逃げたくないだけで、今までになく近い三成との距離をもっとどうにかできないかと考える。
「…逃げ方を、忘れました」
「幸村」
「気が狂いそうです」
「…一人の寂しさよりは、二人で気が狂った方がいい」
 三成がまた少し笑った。今度はそれがよく見えた。
 心臓が痛いほど早く脈打っている。全身が熱にうかされたたようになっている。視界が妙に潤んで、まっすぐ三成の顔を見られない。
 助けてほしい。息をするのすら苦しい。
「みつなり、どの」
「大丈夫だ」
 一人が辛いなんて、思ったことは一度もなかった。
 この人と逢うまでは。
 気づいていなかっただけで、ずっと、飢えていたのかもしれない。
 人の肌が暖かい。言っていいのだろうか。三成の温もりをずっと欲しかったなんてことを。
 なんて思われるだろうか。もう今までのようには接してもらえないかもしれない。
「幸村、大丈夫だ」
「…たすけて、ください」
 腕を伸ばす。三成の背中にそれを回す。
 息が出来ない。
 どうしてこんな風になってしまったのか、わからない。
 自分が自分でなくなったような感覚に、幸村は必死に三成にしがみついた。




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同じ鳥でも飛ばないとりはなあんだ? 
それはひとりという鳥だ


ノーボーダーな曲を聴いていたらこんな話に。恥ずかしくてすいません。世界の中心で(ry ですよ(笑)