三成なぞと親しくしているようでは、あの男もたかが知れている。
清正がそう言った瞬間、三成の顔色が見る見るうちに憤怒で赤黒くなったように見えた。言葉の意味するところは、ほとんどがあてつけで、実際のところ三成と親しくしているという真田幸村のことは、清正自身あまり知らない。
それまでも決して平穏な空気ではなかったが、その時の三成の豹変の仕方はそれこそ何かにとりつかれたのかというほどだった。
「知らぬくせに幸村を愚弄するな…!」
その鋭い眼差しは零下の如く冷え、言葉は尖った刃の如く。
あまりの剣幕に、清正が思わずのけぞって驚く。そんな清正に対して、三成はさらに辛辣な言葉を並べたてた。こういう時の三成は無敵に等しい。
しかしそこで、ふと気がついた。
戦うしか能がない癖に文句ばかり言いおって、それに比べて幸村は、と。
―――先ほどから、ずいぶん幸村と比べられる。
が、気がついた瞬間には三成は清正に背を向けてその場を離れ、一方的な口論は幕を閉じた。
ずんずんと足取り荒く歩いていく三成の行く手に、赤い鎧の男が現れた。あからさまに不機嫌に男に声をかけている。あの状態の三成に笑顔で声をかける、あれが真田幸村だった。よくは知らないとはいえ、あの六文銭についてはよく知っている。
「はは、痛い目を見たな」
三成と幸村のことを目で追っていた清正は、背後から声をかけられてこれみよがしに驚いた。そこにいたのは、愛の兜が眩しい、上杉家の直江兼続がいた。これもまた、三成と仲の良い男だ。
「三成の前で、幸村のことを悪く言うのはやめておいた方がいい」
妙に楽しそうに笑っている兼続。その兼続の視線の先には、清正と同じく三成と幸村がいた。少し目を離した隙に、三成はあっという間に機嫌を直したらしい。幸村も笑顔だったが、三成も鉄扇で隠しているものの、口許が綻び、視線が柔らかくなっている。その上、心なしか頬も赤らめているような。
―――妙に衝撃的なものを見た気がする。
「気がついたか?」
含み笑いの兼続に、清正が振り返る。兼続は腕組みをして、肩を震わせて笑っていた。
「三成の前で、幸村のことを悪く言うのは命取りだ。いつかあの鉄扇でやられてしまうぞ」
いつも屁理屈ばかり言う三成。
戦にはいまいち力が出しきれず、敬さんばかりに長けていて、戦場にいるよりそろばん片手に計算でもしている方がよほど似合う男だ。
その癖、その能力の為に秀吉には重宝されていて、正直腹立たしいくらいの奴だ。いつも皮肉ばかりで、正則とも仲が悪い。こんな奴、誰が仲良くするんだと思っていた。
しばらくすると、幸村は他から呼ばれてそちらへ行ってしまった。去り際の、三成の表情。
その、切ない表情に、清正は何とも言えない気持ちになる。
「三成にとって、幸村は特別なのだよ。まぁ傍から見ていればわかりやすすぎて冗談ではないかと言いたくなるがな」
だから、他はともかく幸村のことを言うのは分が悪いからやめておけ、と。
兼続がそれだけ言ってその場を去った。なるほど兼続にとってはあの光景は日常茶飯事というわけだ。三成とは幼い頃かせの腐れ縁ではあるが、互いに嫌いあって今がある。豊臣秀吉という人がいるからまだ繋がりはあるが。
とりあえず、兼続の言う通りにしておこう、と思ったのだった。
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