先に進むための





 徐庶の仕事はスノーボードのインストラクターである。
そうなると、冬はほとんど雪山に行ったきり戻ってこなくなる。挙句、ホウ統は外科医で、二人が顔を合わせられる日など、それこそ天の川に引き裂かれた織姫と彦星の如くだ。
「え? 何?」
『わざわざ来るんなら土産を買ってこいって言ってんだよ』
あんまり会えないので、シーズンが終わると徐庶はいつでも一目散にホウ統のところへ向かう。とはいえ、彼は忙しい身だ。その頃、日本にいるかどうかもわからないくらいである。一応、アポイントメントはとってから行くものの、こちらが暇になっても、ホウ統が暇とは限らない。
「わかってるよ、ちゃんと買っていくから。酒だろ?」
『そうそう。いいこだねぇ元直』
「それ、やめてくれないか…」
はぁ、とため息をついた。途端、電話口の向こうで笑っているのが聞こえる。
「楽しみだな。論文を書くんだろう?」
『そうさ、忙しいね、実に』
「どれくらいかかる?」
『さぁてね。ま、三日くらいってところかねぇ…』
「そうか。じゃあ、その時間は有効活用しないとね。楽しみだな」
毎年こうして春になり、夏の兆しが見える頃に戻ってくる。いつからかホウ統は、そのあたりに必ず「論文を書く」という名目で休みを入れていた。実際多少書いているのも見ているが、それよりも徐庶と二人で酒を呑んでいる時間の方が長い。ここに、時には諸葛亮が加わるし、場合によってはその奥方も加わったりする。楽しい時間だ。徐庶だけがそう感じているわけではないのだと知れて、それがとても嬉しい。本人は決してそういうことを言わないけれど。
「士元」
『なんだい』
「…伝えたいことが、あって」
『金がないとか言い出すんじゃないだろうね』
「それは大丈夫だよ! そうじゃなくて、真面目な話」
『なんだい、珍しいね』
「いや、うん…本当はずっと言いたかったんだけどね。…あんまり、君を悩ませたくないなと思っていて」
徐庶の言葉が、重いことを知ったのだろう。ホウ統は茶化さず聞いている。
『いつ聞かせてくれるのかね?』
「…はは。うん、でも今回はちゃんと言おうと思うから」
沈黙があった。もしかしたら知られているのではと思う。諸葛亮からは散々言われている。相手が誰で、どうしてそんな感情を抱いてしまったのか。そこから考えていたらきりがない。それを申し訳ないと思うならもっと包み隠しなさい、と。
だが、そうでないなら。もっと違う未来を望むのならば、関係性が変わってしまうことをよく考えて、先に進みなさい、と。
関係が変わる。それは想像すればするほど怖いことだった。夢に何度も見る相手。もし拒絶されれば今のような時間は金輪際得られない。口に出してしまえば、おそらく二度と元の関係には戻れないのだから。
だが、言おうと決めた。
『そうかい。ま、楽しみにしてるよ、元直』
「はは…怖いな」
もう耐えられない。だから言うのだ。それを諸葛亮には言ってある。ならば今回はお邪魔しないことにしましょう、と彼は言った。彼だとて、この呑みを楽しみにしている一人だ。飄々としている風でいて、もしかしたら結果の報告を、携帯を握り締めて待っている可能性だって、きっとある。
だから、徐庶はため息をついた。考えすぎるほど考えた。考えすぎて一人で泣いたことだってある。いい加減、この状態から脱したい。たとえ、相手がそれで悩むことになってしまっても。
電話を切った。酒を買っていかなければならない。それからつまみの類も。そして、小さく呟いた。
「…ごめん、元直」
友達から逸脱した感情を持ってしまったことを。それで悩ませるかもしれないことを。もっと強く出れたらいいのに、と徐庶は自身の性格を思ってため息をついた。だけど、それを認めてくれたのが彼なのだ。だから今こうなっている。だから。
(もし、士元から拒絶されたら、大丈夫かな…俺)
そんな一抹の不安を抱え、フードをかぶった。さほど寒くもないのに寒く感じた。





BACK

交地19小話無配ペーパーより。DLCだけどDLCである必要性はない気がします笑