人類は衰退しました・パロ(超岱)





 馬岱が行方をくらまして、はや数日が経過している。
 寝て、目が覚めてもそこに馬岱がいない、というのは俺からすればかなり久しぶりの感覚だった。実に、二桁いくかもしれないくらいだ。
 蜀に来て、劉備殿のもとでこのありあまる力を仁の世、あるいは正義のために費やすようになってから、別行動だってあるにはあった。だが、この得体の知れない不安感。寝て、覚めてもそこに馬岱の姿がないという絶望感。
 …いや、絶望などしている場合ではないのだ。実際。それどころか、俺は今大変な状況下にあった。

「おはよーございますわかさまー」

 かなり低い位置からそう呼びかけられた。振り返るとそこには、馬岱の服を着た小さな小さな存在がちんまりと、それでいてわらわらと、存在していた。
「…あぁ、おはよう」
 なんともいえぬ気持ちで挨拶を交わす。俺の目の前にいるその存在は、大きさとしては手のひらほどで、とても人間とは一線を画したものであることは容易に知れた。
 そしてそれらが俺の目の前に現れたのは、馬岱が姿をくらました翌日のことだった。さすがに、数日行動を共にしていれば、少しは相手の仕方も学んでくるというもの。

 はじめてその存在を目の当たりにした際、俺はずいぶん取り乱していた。ただでさえ馬岱がいないということが信じられず、動揺していたことだったのだ。戦場で錦と呼ばれようともこればかりはどうしようもないことだった。

「もしー」
「な、なんだ貴様は!!」
「おひとさがしですかー?」

 唐突に現れたその小さな生き物が、まず馬岱の着ているものとよく似た服を着込んでいた。この時点で、何の手がかりもなかった俺にとってはわずかな手がかりに思えた。さらに、その生き物が、意思の疎通より先に俺が人を探していると見抜いたこと。これらが、俺がこの生き物をのさばらすことにした原因だった。

「きょうはどうなさるー?」「じょうほうしゅうしゅう、だいじ」「ききこみ?」「はりこみ?」「じょうほうのていきょうをもとめております?」「なにかしっているかたはごれんらくください?」「でもじょうほうぜんぜんない」「そうかー」「あきらめたらだめ」「もっとあつくなる?」「ふじさんになる?」「ふじさんてなに?」「さー?」「おおきなもの?」

 彼らは俺の意見を聞くよりも、自分たちで小気味よく会話を繰り広げていた。よくわからないことを言ってもいるが、それについていちいち突っ込むと話が進まないのだ。ここ数日で学んだ知識だった。
 彼らが何なのかはいまだによくわかっていない。手乗りの非常に愛らしい外見をしている彼らは、なぜだかこぞって馬岱の服を着ていた。普段と違う色のもの、最近誂えた新しいもの、鎧のない身軽そうなもの、あるいは本当に身軽そうな薄手のもの、そして犬の耳や尾を模したものがついている服。
 現れる彼らは今目の前にいる数しか認識していない。それ以上いるかどうかは、彼らに聞いてもさぁー?と首をかしげるばかりだった。基本的に、没個性であるし、彼らが何であるか、といった疑問に対して答えはもっていなかった。
 馬岱との関係もわからないままだ。
「…そうだな。ひとまず、情報を仕入れてくる」
 言うと、彼らは一斉に俺に飛びついてきた。小さいからかその身のこなしは軽やかだ。そして上に乗られたとしても重さはまったく感じられない。彼らはそれぞれ鎧の間に隠れたり、肩に乗ったりして、俺の行く先をついてくるつもりのようだった。まぁ実際、これもここ数日いつものことで、慣れてきている。

「おはようございます」

 一人で外を歩いていれば、趙雲殿に声をかけられた。相変わらず爽やかな男である。

「おはようですー」「おはおは」「ほんじつはおひがらもよくー」

 俺が応えるより先にそういわれて、鎧の間からひょっこり顔を出した数人をぐっと腕で押し入れた。ぴー!なんて声が聞こえたが気にしない。
「まだ戻っておられませんか」
「ああ」
「…そうですか。そしてそのかわりに彼らが現れたと…」
「……皆あいつの服を着ている。無論大きさは全く違うが」
「不思議ですね、まるで繋がっているかのようだ」
「繋がっている…?」
「ええ、どこかで彼らと、馬岱殿が」
「………」
 もしそうならば、彼らから馬岱の情報が一切引き出せないのは何故なのか。まったくもって解せないのだが、しかし確かに、趙雲殿の言うとおりでもあった。知らないならば、彼らが馬岱の服を着ているわけがないのだ。

 俺の様子をちらちらと見ている彼らの視線を感じる。それまで全く情報を手に入れられなかったにもかかわらず、明らかな視線は、何かを言いたくてたまらないように思えた。
「…し、失礼する!」
 俺は慌ててその場を駆け出した。趙雲殿がぽかーんとしているのはわかったが、今はそれどころではない。あの小さな存在たちは、自分たちが伝えたいことを、その瞬間を逃してしまうと忘れてしまいやすいのだ。今、教えたい!という空気をかもし出しているならば、早く何とかしなければ!

「な、なにか知っているのか!?」

「なにかー?」「しっているというかーしらぬというかー」「はくじょーするです?」

 彼らは円陣になってきゃあきゃあと騒ぎ出した。甲高い声で何を言っているかは聞き取れない。
「教えてくれ、頼む」
 懇願した。彼らはそんな俺をじっと見つめる。
「どーするー?」「かわいそー?」「かわうそ?」「ならいいか?」「ぼくらのなかまとあそびちゅ」「ぼくらも、このごごうりゅうよていにて!」
「な!?」
「それいじょうはたちいりきんし」「おとなのじじょうゆえ」「おさっしください」「ごりかいください」
「意味がわからん…!」
 とはいえ、これ以上を彼らから聞き出すことは不可能そうだった。馬岱をそのお茶会から連れ出したいことを必死に伝えれば、彼らは皆、一様に悩ましそうな表情を浮かべ――ているように見えるが、没個性で皆表情の変化に乏しい彼らのこと。そんな気がしただけかもしれない。そう考えていると、彼らのうちの一人が、代表するように前に歩み出た。
「それはできないそうだんゆえ?」
「ど、どうしてだ」
「ぼくらのなかま、あそんでるです」「ほうりつあるです」「まもらなかったらだいぎゃくてん」
 どうも状況がよくわからない。が、どうやら馬岱が何かに巻き込まれていて、それにこの小さな彼らが関係しているらしい。しかしその様子を見ていると、あまり悪さをしているという風でもない。自覚のない残虐さなども考えられたが、何かが違う気がした。
「な、ならば俺も参加するぞ」
「なんとー」「ちょうせんしゃあらわる」「にゅーかまー」
 彼らが感嘆の声をあげた。その瞬間、耳慣れない音がして、唐突に世界がぐにゃりと歪んだ。歪んだと思ったそれが、再び世界を構築していくさまを目の当たりにして、俺は呆然と周囲を見渡した。――と。
「若!?」
「ば、馬岱! おまえどこへ行っていたのだ!」
「どこってそんなの俺も聞きたいっていうか…」
 どうやら馬岱自体が状況の把握が出来ていないらしい。だがとにかくこの場所が現実ではないことはわかる。それで、どこからともなく現れる謎の設問を解いてまわっていて、今おそらく最後の一つのところで身動きがとれなくなっている、ということだった。
どれどれとその設問を見てみれば、どこともしれない壁に浮き上がる文字。
『かわいいいきものかくです』
 そこにはそれしかなかった。馬岱の手には、いつもの妖筆。馬岱はこの設問につまずいて、ずっとあれこれと絵を描いていたらしい。だが、あまりにも正解に至らず、だいぶ心が折れていたのだった。
「ちょっと若、いつもの要領で何か描いて」
 言われて、俺はしぶしぶと手にとった。馬岱と違って俺は絵が苦手だ。幼い頃さんざん笑われて、今ではなるべく絵筆は持たないようにしているのだが。
 しかし馬岱がだめだというならば、描くしかない。覚悟を決めて、筆を握った。勢いよく、ぐぐぐと絵を描く。馬のつもりで描いたもの。途端、ぴんぽん! という音がした。そして「ねこ」と表示される。
「…うま…」
 思わず呟いた。が、馬岱が飛びついてくる。
「若! すごい! 流石若! 流石俺の若だよ!」
「な、なんだどういうことだ!?」
 感極まっている馬岱に完全においてけぼりを食らったような心境でいれば、馬岱は簡潔に語った。あの設問は、出している側の美的な感覚にだいぶ左右されてしまうのだ、と。
 だから馬岱がさんざん絵を描いても、どうやら整いすぎてて面白みがないと判断されてしまっていたらしい。なんだろうか。この不思議なまでの敗北感。いやしかし。
「おかげでやっと戻れるよ! ねぇ、いいんだよね!?」
 しかし馬岱の声に答える人はいない。だが、そのかわりのように、けたたましい音楽が奏でられて、唐突にそこに道が出来上がった。もうわけがわからない。そう思っていれば、唐突に馬岱がこちらの手を掴んで駆け出した。それも全速力だ。
「な、なんだどうした!?」
「いいからいいから! 早く行かないと出られないよ!」
 そういっている二人の後ろから、小さなものが駆けてくるような気配。これに捕まったらアウトだということか。ぞわりとしてそれまでよりも真剣に駆けた。
「俺、生き残るのが信条だけど、死なないけど戻れないから困るんだよねぇほんと!」
「負けたら何かあるのかこれは!」
「だから戻れないんだって! 彼らに捕まってもまた設問用意されるだけ! 急ぐよ!」
 一体何がなにやらさっばりだ。だが馬岱の様子から、命の危険はなくとも危険が迫っているのはわかった。あるいは、その危険の只中か。
「まぁでも、若と一緒ならいいかなって思うけど!」
「それは危険な考えじゃないのか!?」
「そうかも!」

 さて、そんな風に絶叫しながら。
 彼らが、もとの世界に戻るまでまだもう少し。

「ぼくら、るーるまもってあそぶです」「ちつじょ、だいじ」「まもらなかったらだいぎゃくてん!」「なにがー?」「じんこうがー?」「じんこうって?」「さー?」「わからぬですが、ゆめふくらむです」「じんこうもばくはつてきにふくらむです」

 そんなこととは露知らず、彼らはその非現実で叫ぶのだった。

「いいから何とかしろ!」
「若が何とかしてよお!」





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交地19、無配小話ペーパーっていうか小冊子内。超岱は「人類は衰退しました」のパロでした。もともと途中まで書いてあったんですけどなんかどうしても妖精さん書きたくて…すいません…。元ネタ知らない人は、ひとまずぐぐるとアニメ公式などが出てくるのである程度わかるのでは!そして私が、妖精さんのかわいさに転がったように皆様も転がるといいのです!笑 すいませんでした…!