タイガーファイブとしての仕事は、広報課としての仕事であるので、贈り物やファンレターの類は、広報課に届く仕組みになっている。観光客増を目指す為のPR活動なので、たとえばそういうものが来た時、ものをいただいてしまった場合は、丁重なお手紙と共に送り返し、手紙であれば、その返事をするところまでもが彼らの仕事になっているのだった。政治家のごとくクリーンなものなのである。正義の味方は。
「お、趙雲。それまたか?」
「ええ、彼ですね」
趙雲が手元に持っていたのは、飾り気のないルーズリーフに書かれたファンレターだった。広報課にとって、そのルーズリーフに書かれた手紙は、すでに恒例のものになっていて、それへの返信も、必ず趙雲が担当することになっている。
「そいつももういくつだ? 子供ってよ、こういう娯楽から足抜けするの早ぇんだよなぁ」
「そうなのか? 俺は今でも好きだがな」
「おめぇは正義馬鹿だからいいんだよ!」
張飛と馬超のやりとりに苦笑しながら、趙雲はいつものように業務用のボールペンで、用意された専用のもので返信する。タイガーファイブのロゴ入りのものだ。
「どちらにせよ、嬉しいですね」
彼が飽きるまで、こういう娯楽よりも、恋人や親友、部活といったことが楽しくなってくるまで。子供の成長は早い。気がつけばいろいろなことを手放して、新しいものへと飛び込んでいく。だからこそ、その後僅かな時までを大切にしたい。趙雲はそんな気持ちでいつもペンを走らせている。
「そろそろ活動の時間ですよ」
さて、そう声をかけてきたのは、悪の総帥役の諸葛亮だった。それを号令にして、それぞれが動き出す。活動とはいわゆるタイガーファイブとしての仕事の時間、ということだ。彼らは顔出しヒーローなので、たとえばどこかで活動する際、中の人をすり返る、といった荒技は使用できない。ぞろぞろと本日の活動場所である遊園地へ向かった。土曜日の遊園地はそこそこ混み合っている。
すでにステージの手順はお手のものだ。慣れた様子で全ての行程をこなして、最後に握手会となったところで。
「おう、なぁ、あれ」
小声で張飛が声をかけてきた。顎でしゃくったその先には、子供やその親、あるいは人気のおかげで出てきた大人の女性などに紛れて、ひときわ背の高い学生が一人。
顔に大きな痣があるところを見ると、どうも喧嘩でもしてきた後なのかもしれない。
「気になりますね」
「握手会、あのガキが参加するんなら声かけてやれや」
「そうですね」
帰ってしまうだろうか、と思っていたところ、どうやらすぐ隣に友人らしい少年もいた。こちらはこちらで背が低いせいで気付かなかったが、帰ろうとする少年を無理やり握手会に参加させようとしているらしい。
「…ちょっと、いいか?」
「ああ、張飛殿から聞いたぞ。行って来い。この場は任せろ!」
馬超に力強く後押しされて、趙雲はジンレッドの衣装のまま、ステージを降りていった。客が騒然となったが、軽く相手にしながら彼らのもとへ小走りに駆けていく。
「大丈夫かい?」
まだ揉めているらしい二人に声をかけた。途端、二人がびくりと肩を揺らして反応する。
「お、えっ、い、いやいやいやいや! おい文鴦!」
突然のことに、背の低い方の少年が慌てながら、もう一人――文鴦、という少年の腕をこれでもかと引っ張る。
「ぶんおう…?」
趙雲が、その名前にはっとした。
本人はといえば、全力でこの場から逃げようとしている。
「もしかして君、文次騫…という名前かな?」
途端、背の高い少年――文鴦が、顔を真っ赤にして振り向いた。そうやって近くで見ると、痣が殴られて出来たものだとはっきりわかった。
「お、覚えていて下さったとは…」
「はは。そりゃ覚えているよ。いつもファンレターありがとう」
さて、今にも感動で泣きだしそうだった文鴦を、明るいテンションで慰めたのは夏侯覇という少年だった。夏侯覇からこれしかねぇ! といって差し出されたよれよれのタオルで涙目を拭っている間、夏侯覇がいろいろと語ってくれた。
――いやいやいや、こいつ本当にタイガーファイブすげー好きで。でもさすがにこれくらいの年になると、馬鹿にされること多くなるっしょ。今日たまたまそういう奴に笑われて、喧嘩になっちゃって。文鴦、すっげぇ強いから喧嘩には勝ったんだけどなー、なんかもう、テンションがた落ちだったんで、スマホでいろいろ調べたんだ! ほらあんたら結構あっちこっち行ってっからさ…。で、ここでヒーローショーがあるっていうから補習サボ…っ、じゃない、あー、なんだ? とにかく、来たってわけで!
そんな風に語る夏侯覇は、文鴦の良き親友なのだろう。友達が落ち込んでいるからとここまでしてくれる友人は少ないものだ。
「少し、元気になったかな?」
趙雲の言葉に、文鴦はタオルに顔をうずめたまま、こくこくと力の限りに頷く。
「そこまで好きでいてくれてありがとう。でもきみが怪我をするのも、相手が怪我をするのも、私は嫌だから、今度から何かあったらここに連絡してきたらいい」
そう言って、趙雲が差し出したのは広報課の名刺だった。夏侯覇に、ボールペンの有無を確認して二枚。夏侯覇と文鴦へそれぞれ渡す。
「これは…?」
「私の連絡先だよ」
「え!?」
「いやいやいや、これ絶対プライベートのやつっしょ。い、いいのか!?」
「君たちは特別だ」
「お、おい文鴦! あっおいちょっと何震えてんだ!?」
さて、そんなことがあったのだが、あれから一ヶ月。夏侯覇の方からは、わりと気軽にメールが届くし、彼のメールは実に話題が豊富だった。そのメールで、文鴦のことは大抵把握してしまっている。だが、当の文鴦の方はといえば、まったくメールが来ないままになっていた。
「それ、恐れ多くて出せないってやつだろ…」
「うーん…」
「一度こっちからメールしてみたらどうだ」
「知らないんだが」
「友達とかいうのから聞いたらいいんじゃないか?」
「個人情報…」
「とにかく何とかしたらいいだろう? そんなに気になるならば!」
「……聞いてみようか、ひとまず」
「よし、面倒だから俺が送ってやる。携帯を出せ」
「自分で何とかします」
それまでさんざんぼやいていたが、馬超が携帯を寄越せ、と横暴な態度に出た途端、椅子を回転させて逃げ出した。その背中を見送って、馬超はため息をついた。
「なぁ、どう思うよ」
その様子を見ていたらしい張飛が、それまで趙雲が座っていた席にやってきて問うた。
「知らんが、へんなところで怖気づいたな」
「はは、普段何にも驚かないような奴がな!」
変なところで遠慮している二人が今後どうなるかについては、例のファンレターの主ということもあって、全員が注目しているところだった。
「おや、趙雲殿は?」
そんな風にほどよくさぼったりしていた時だった。ダンボールを抱えた諸葛亮がこれみよがしにそのダンボールを趙雲のデスクの上においた。
「ファンレターか?」
「ええ。例の彼からまた来ていますよ」
「…? 例のっていつものか?」
「そうです。メールアドレスを交換したのでは?」
「交換ではなく趙雲殿が一方的に渡しただけらしいが」
「それでファンレターは来るのですね。ふむ」
「どう見る?」
「本人は、距離を縮める気はないのでは? 崇拝みたいなものかもしれませんね。そこで距離を縮めたいならば、趙雲殿が頑張らなければならないのですが、さて」
そんな風に外野は無責任に笑っている。さて、趙雲はといえば、なんと書き出したらいいものか悩みながら、休憩室で携帯を睨んでいるのであった。
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