KNOCKOUT!




 放課後。
 自転車競技部の部室には現在馬岱と馬超の二人きりだった。部員もそこそこいる部活ではあったが、今校内は全体的に浮足だっている。原因は文化祭が近いからだ。皆が皆準備にかかりっきりで、部内で何かやる事がなければ基本的に部室はがらんどうになるというわけで。
「なんなんだ、この状況は…」
 ぽつりと呟いたその声は、言葉のわりに少し誇らしげで、振り返った馬岱は思わず肩を竦める。
 大徳工業はどちらかというと体育会系の部活に力を注いでいて、行事自体もどちらかといえば体育会系の方面が活発なのだが、今回は他校と合同で文化祭で何かやる、と聞いて、いざ始まってみたらそれはコスプレだった。教職員まで巻き込んでの一大イベントである。
「まぁいいじゃない、若格好いいよ」
「む、そうか…似合っているか?」
「うん、似合ってる似合ってる」
 ちなみに馬超と馬岱は桃太郎のお伴の雉と犬だ。雉が馬超で犬が馬岱。それから猿を、顔がほとんど隠れる衣装にしてくれるなら、とホウ統がやる事になった。実際ホウ統の分は先ほど確認してきたのだが、本当にまるまる顔が隠れてしまっていて、それでいいのか、と確認したくらいだ。本人は満足しているようなので、あとは自分たちの分、ということであいている自転車競技部の部室で着替えている。
「……しかしその衣装、胸がずいぶん見えるな」
「あーそうね。まぁいいんじゃない?」
 衣装については演劇部が本気を出して作ったものだ。衣装がどんな風になるのか、それを馬岱も制作の段階で見ていたのだが、冗談半分で胸とか見せちゃう?なんて言ったおかげでこうなった。まさか自分の冗談半分の提案でこうなったとは言えず、馬超のやや不満げな視線を斜めに受け取るしか出来ない。
「…まぁ、馬岱がいいなら、いいが…」
 全く良いと思ってなさそうな馬超だったが、さすがに自分が提案して作ってもらった衣装を今からなおせとは言えないので、馬岱は軽くかわして頷く。と、そうしているうちに趙雲が入ってきた。
 珍しく息せき切っているのは、当初の予定より遅くなったからだろう。
「遅いぞ」
「も、申し訳ない。劉禅様の方を見にいっていたもので」
「ああ、大丈夫だった?」
「ええ、はい。私もすぐに着替えますね」
 言うが早いか趙雲は素早く制服を脱ぎ始めた。趙雲は桃太郎をやることになっている。各々のコンセプトについては演劇部から聞いていたので大体の衣装の様子などは馬岱も知っていた。
「あ、旗させないでしょ。さしてあげようか」
「ああ、そういえば…お願いしていいですか」
 衣装をすでに完全に着終わっている馬超は、机に腰かけてその様子を眺めることにしたようだ。甲斐甲斐しく衣装の様子を確認したり手伝っているのは馬岱である。何とはなしにそれを眺めている馬超はむすっとしていてどこか不機嫌そうだったが、その原因たる馬岱は気付いていない。
「わーやっぱり格好いいね!」
 全て終わると改めて馬岱が全体を確認して、実に満足そうに頷く。
「ありがとうございます」
 馬岱の真っ向からの賞賛に照れたように趙雲がはにかむ。確かによく似合っている。今回の衣装はそれぞれ馬岱が演劇部にかけあってお願いしたものだ。衣装の色合いや何やら、提案したのも彼で、趙雲は青を主体に。馬超は金色と緑。といった具合だ。
「しかしこういうのをやる、と聞いた時は焦りました。あまりこういう服を作るのは勝手がわからないので」
「ああ!よかったよね、演劇部に知り合いいてさ」
「そうですね、馬岱殿のおかげです」
 同意を求めるかたちで趙雲が馬超の方をちらりと見ると、馬超はどことなく不満げな様子で言葉少なに頷いた。またか、なんて内心肩を竦めて、趙雲はこっそり笑う。
 馬超の馬岱に対する独占欲は相当なものだ。
 馬岱はといえばあの性格だから友人も多い。頼まれれば断らないし、頼まれたことはやり遂げてくれるから、果ては諸葛亮などの生徒会からも声がかかってあれこれいつも忙しそうだ。そのたびに馬超はどことなく寂しそうな顔をしたり、あるいは怒った顔をしたりする。自分では隠しているつもりなのだろうが、まったく隠せていなくて、感情が駄々漏れだ。それについては馬岱も知っていて、ちゃんとフォローを入れるのだからますます馬超の独占欲も強くなるというものだ。
「うん、よかった!二人とも格好いいよ!それにホウ統殿も納得してくれたしさ」
「あ、ホウ統殿はあれでいいと?」
「うん。さっき若と確認してもらってきたんだけどね。これでいいってさ」
 今回は職員も総動員してのイベントである。コスプレはもちろん職員たちにまで及ぶ。それについては、ホウ統も関係者という事で逃げられなかった。用務員はなしにしてくれないかね、と最後まで諸葛亮に文句を言っていたが、結局押し切られてしまった形になる。その時に、じゃあ一緒にやろうよ、と声をかけたのが馬岱だった。
「ホウ統殿の素顔、見たことないですよね」
「ないない!文句言ってる時だってずっとあの格好よ!」
 その時の生徒会の様子を思い出したらしく馬岱は肩を震わせて笑っている。生徒会での事は実は二人とも知らないが、それぞれ諸葛亮から話は聞いていた。馬岱がうまく話を持っていってくれたおかげで助かった、とかなんとか。 
 ホウ統は用務員という立場だが、実はかなり頭がいい。あちこちでホウ統に関する学園七不思議みたいな伝説があり、生徒会長の諸葛亮も一目置く存在である。更には校長である劉備にたまに人生相談をされているとかなんとか。
「俺が猿でもいいよって言ったんだけどねぇ」
「あんたは犬だって言われたのだろう?」
「そうそう。別にいいけどねー。何か言われたらワンッて言えばいいかな」
「………そこまでやるのか!?」
「あ、若はそのままでいいよ?」
「そ、そうか。いや、だからそうではなく…!」
「え、駄目?うーんもっと可愛い方がいいかなぁ。クゥンとか?こんな感じ?」
 冗談なのだろうが、その冗談が通じないのが馬超だ。馬岱の犬の鳴き真似に頬を赤らめて馬超はうろたえている。しかもちょっと下から覗き込むようなポーズつきだ。趙雲も二度目の鳴き真似については少しいかがわしい妄想をしそうになった。これはいけない。多感な時期の男三人である。不毛なことこの上ないが、何だか格好のせいか可愛く見えてしまった。たぶん馬超もそうだろう。いや馬超はもともとそう見えているのかもしれないが。
「馬岱殿、あまり馬超殿をからかうのは…」
「ん?そう?」
「誰にそんなことを強要されてもやらんでいいからな!」
「え、若にも?」
「…!?」
 あんまりな切り返しに馬超が完全に泡を食っている。さすがに今のは趙雲もフォローが出来ない。しかもたぶん馬岱は素だ。狙って言ったのかも、とも思ったが、違う気がする。普段の馬超と馬岱を見ていると余計にそう思う。
「…なら、こうしましょう。馬岱殿」
「ん?何?」
「それは、私と馬超殿と、ホウ統殿にだけ、という事で」
「ああ、なるほどね。いいよー!」
 何故だか上機嫌の馬岱があっさり頷く。もともと大してこういう事に抵抗がないからだろうが、それにしたって破壊力は抜群だ。ただでさえ普段と違う格好、というのもある。コスプレの威力に内心震えつつ。なんでこんな事になったのやらと思ったが、さて。
「………馬岱殿は、いいこですね」
 ちょっとした悪戯心が出て、うっかり馬岱の頭を撫でた。犬の耳は帽子なのだが、その上から撫でる。180cm越えの男同士で何やってるんだろうか、などと思ったが、馬岱の反応は一瞬驚いた顔をしてから、すぐににっこり笑う。
「あははっ嬉しいなぁ!わん!」
 思わず、うわぁ、とのけぞった。
 それまでは馬超がどうしてこんなに馬岱馬岱言っているのかいまいち理解出来ていなかった趙雲だが、今の一撃は大きかった。それこそ脳天に石でも食らったような衝撃だ。顔が可愛いとかそんな風でもないのだ。髭だってはえている。にも関わらずにっこり笑ってわん!とか言われた瞬間、「可愛い」以外に言えなくなった。
「やーなんかこんなに大きくなってから頭撫でられるとかないから新鮮だなぁ!若も撫でてよー!」
「…っ!!ち、ちょっと待て!な、撫でてやるから待て!」
 途端に馬岱がぴたりとその場を動かなくなった。ただ、馬超をじっと見つめている。
 ああこれ、犬のしつけである「待て」だ。と気付いたのはおそらく趙雲も馬超も同時だった。いい加減悪ふざけが過ぎる。が、それを強く言える者は今この場にはいなかった。完全に犬に翻弄されている。
「……、こ、ここに座れ」
 馬超は顔を真っ赤にしながら馬岱に椅子をすすめた。従順にそれに従うと、相変わらず「待て」は継続のようで馬岱は馬超をじっと見つめている。
 こういう犬、いるなぁ、なんて思いながら趙雲も動揺したきりだ。
 どれほどそうしていただろうか。酷く長い時間そうしていた気もしたが、ようやく馬超が動いた。普段はもっとスキンシップしている二人なのだが、いざとなると途端に気がひけるらしい馬超の手がおそるおそる馬岱の頭をなでる。
「こ、これでいいのか」
「うん!ありがと、若!」
 さてどうしようか、なんておそらく趙雲も馬超も思っていた時だった。
 まるで見計らったようなタイミングで、部室のドアが開く。
「ちょいとおじゃまするよ」
「あっホウ統殿!」
「おやおや、こりゃ立派だね。なんだい、今はどういう状況だい?」
「頭撫でてもらってたんだよー」
「お、そりゃあいい。そうやって座ってれば、あっしにもどうにか届くかね」
 無邪気に頭を向ける馬岱にホウ統もさらりと返す。正常な反応を返しているだろうホウ統に趙雲と馬超は何とも言えない気分を味わいつつ、ひとまず。
「なんだいこりゃ可愛いわんちゃんだねぇ」
「ですよね…」
「うむ…」
 ホウ統の言葉に揃って頷いて、疲れた顔をして本番までの自分たちを思ってため息をついた。



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DLCネタ。大徳工業でした(笑)
わんこかわいい。