「しっかし、ほんと似てるよなあ、お前ら」 よく晴れた午後。 馬の世話や武具の手入れなど、皆がそれぞれの時間を過ごす中、 趙雲と幸村の鍛錬を団子を齧りつつ眺めていた孫市が、感心したような声で呟いた。 それを聞いた二人は、槍を打ち合わせる手を止め、 一瞬顔を見合わせると、キョトンとして孫市に向き直る。 「私と……」 「幸村殿が……ですか?」 「他に誰が居るんだよ。ってか、自覚ないのか?」 呆れ顔で言い返した孫市が、少し離れた所で趙雲達を見ていた星彩に「なあ」と呼びかける。 「似てるよな?この二人」 「…………」 星彩は、黒目がちな瞳でじいーっと趙雲と幸村を見比べてから、小さく頷いた。 「そう、思う」 (―――そういえば、以前にも同じような事を言われたな) 戸惑った様子の幸村を横目に、趙雲は思い出す事があった。 南中で遭遇した、遠呂智に組する魏軍との戦い。 敵軍の、深い藍色の中に1人だけ、見慣れぬ軍装をまとった、緋色の髪をした男が居た。 細身ながら、大きな鉄扇を操るその武技はなかなかに侮れず、 熱帯地方特有の激しい雨に邪魔された事もあって、結局勝負は、痛み分けに終わったのだが、 その男に、出遭いがしらに、言われたのだ。 「貴様が趙子龍か。どこか、幸村に似ている」 かけられた言葉よりも、そう呟いた男の、ひどく切ない瞳の方が印象深くて、 似ていると言われた事は、今の今まで、忘れていた。 (不思議なものだ。幸村殿は、私が生きる時代よりずっと先の、違う国の御仁。 本来ならば、出会うはずもなかった私達が、そのように似通って居るとは) ―――けれど、嬉しい。 出会った形こそ敵同士だったものの、共に時を過ごす内に、苛烈な武とは裏腹な、 普段の慎ましやかな態度、穏やかな微笑みに、段々と魅かれていった。 そんな幸村に似ていると言われる事が、趙雲には、くすぐったくも喜ばしい。 (私などが趙雲殿に……?) 一方、幸村は、自分が趙雲と似ていると言われた事にひたすら困惑していた。 幸村にとって趙雲は、未熟な自分と比べものにならないほど、全てが優れた素晴らしい人物である。 戦場に共に在って、これほど頼もしい武人は居ないし、 また、日頃は細やかな優しさで、慣れない環境に戸惑う幸村を支えてくれる。 いつからか、心密かに憧れるようになった相手に似ていると言われて、 喜ぶより、おこがましいという気持ちが先に立った。 「言われてみれば、似ているかも知れないな。私も幸村殿も、髪も目も黒い。武器も同じ槍だ」 幸村の心中を知らない趙雲が、ニコリと幸村に微笑みかける。 「背丈も同じじゃないか?比べてみろよ」 孫市に促され、背中合わせになって立つと、確かに肩が同じ高さに並ぶ。 (あっ……) その時、趙雲の肩口からこぼれた長い髪が、幸村の頬をかすめた。 さらりと頬を撫でたその感触に、何故か急に艶めいたものを感じて、幸村は内心激しくうろたえる。 「で、ですが、私などより趙雲殿の方が、武も人徳も優れておられます……!」 気がついたら、幸村は上ずった声で叫んでいた。 勢いよく振り返ると、幸村の言動に驚いて、同じく後ろを振り返った趙雲の顔が、目の前にある。 「ゆきむ、」 「っ?!」 ぶつかる、と思った時には、唇にやわらかな感触が触れていた。 どちらも、とっさに何が起こったのか理解できず、 焦点が定まらないほど近くにあるお互いの瞳を見つめあう。 「…………」 「………あ」 (い、今のは……) 互いの唇が、と先に気がついた幸村は、恥ずかしさにカアッと頬を紅潮させた。 「し、失礼をっ……!!」 ぽかんと立ち尽くしたままの趙雲を見ることも出来ず、たどたどしい動きで頭を下げると、 その中腰の姿勢のまま、回れ右をして一気に駆け去る。 「…………」 (そうか、さっきのは、幸村殿の……) 幸村の態度に、趙雲も、ようやく今の事態が何だったかを悟った。 まだ生々しく感触の残る唇を片手で覆うと、赤く染まっていく顔を俯ける。 「わ、私は、何という事をしてしまったのか……」 「………あー」 横で二人の成行きを見ていた孫市が、ボリボリと頭を掻いて唸った。 「ま、事故だろ。気にすんなよ」 「しかし、幸村殿のあの様子……」 幸村の駆け去った方を見やり、趙雲は悲壮な表情で呟く。 (声が震えていた……。無理もない、私などと、あのような……。ひどい辱めを受けたも同然ではないか) 「きっと、幸村殿の心を、深く傷つけてしまったに違いありません。謝らなくては」 「あ?いや、趙雲、あのな、」 「孫市殿、失礼する!」 言いかけた孫市の言葉を遮り、趙雲は幸村を追って駆け出した。 呆気に取られてその後姿を見送った孫市は、やがて「やれやれ」と疲れたように肩をすくめる。 「やっぱり、似てるぜ、あの二人」 「ええ」 一連のやり取りを黙として眺めていた星彩が、孫市の呟きに答えた。 「外見だけじゃなく、中身も」 「………ああ」 淡々とした星彩の言葉に、孫市はニヤリと笑って頷く。 「お互い好き合ってんのに、自覚してない鈍い所、とかな」
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