やさしくひらく、笑顔のような |
「妲己ちゃんは友達なんや!」 そう叫んだのは卑弥呼と名乗った少女だった。 まだ年端もいかない少女で、はたして本当に二人の間に友情関係があったのか。疑わしい気持ちになるのも無理はない。相手はあの妲己だ。 「利用されるための友達、か…やれやれ」 「違うもん!!なんで信じてくれへんの!!」 太公望のため息に、卑弥呼は触発されたようにわめき散らした。 捕えた少女は全力で妲己との友情関係を主張している。 それを少し離れたところで、趙雲と劉備が見つめていた。 「…どう思う、趙雲」 「……嘘を言っているのではない、と思います」 必死な主張は、子供特有の甲高い声もあいまって、痛々しく聞こえる。 だが彼女は―――少なくとも、卑弥呼自身は、妲己を本当の親友だと思っているのだろう。 「…そうだな。私もそう思う」 「ですがあの妲己です」 「…あぁ。しかし考えてみればおかしな話ではないのかもしれん。遠呂智に与する人間のいるように」 たとえば伊達政宗。前田慶次。呂布。 そういった者たちのように、多くの人が理解を示すことの出来ない相手に、頷く者もいるのだ。その存在を、全てを否定する人ばかりではなく。 「…趙雲。すまないが少し彼女を見ていてもらえるか」 「はい」 太公望のもとへ向かう劉備の背を見つめて、趙雲は残された少女を見遣った。 途端、その視線が合った。強い視線が向けられる。涙目だった。 「なんや!あんたもうちの言うこと信用できへんの!」 「…いや、そんなことは…」 「嘘ばっかりや!ここの奴らみんなそうや!」 捕えられて縄についている状態では、信じてくれというのもおこがましい。だが、彼女の力は強力で不思議なものだ。自由にすれば、途端に妲己のもとへ走るだろう。それでは捕えた意味がない。 「落ち着いてくれ。…別に、君をどうこうするわけでは…」 「妲己ちゃんのところにいかなあかんの!」 「それは駄目だ」 強い口調で言えば、卑弥呼は歯軋りして趙雲を強く睨みつける。小さな子供の大きな瞳が、趙雲を完全に敵ととらえていた。 「なんで!なんで友達のところいくのがあかんの!」 「…よくないことが起こる」 うまく説明できるだろうか。彼女はおそらく、遠呂智の存在を知らない。妲己から聞いたりはしているだろうが、たとえばそれが一体どんな存在か。そこまでは聞いていないだろう。でなければこんな風に、一心不乱に妲己妲己と騒ぎたてるはずがない。 「よくないことなんか起こらん!妲己ちゃん喜ぶもん!」 「妲己が喜ぶことが、我々には…」 「じゃああんたは友達が泣いてたら助けてやらんの!?」 「―――……」 言われて、唐突に思い起こすのは赤い鎧の男。 趙雲は、思わず黙りこくってしまった。 「困ってたら助けてやらんの!?見捨てるんか!」 彼が困っていたら。助けを求めていたら。 …助けるだろう。考えるまでもない。たぶん身体が勝手に動く。 そこまでを考えて、趙雲は一つため息をついた。それは自分を落ち着かせるためのものだった。そうして、同じ視線になるよう膝をつき、問う。 「……なんでそんなに妲己の肩を持つのか、教えてほしい」 「…友達やもん…。それ以上の理由、いるの?」 彼女の言葉に、趙雲はいちいち頷くしかなかった。友だという以外に助ける理由などいらない。確かにその通りだ。 「だが…さほど一緒にいるわけではないだろう」 だから、趙雲はわかっているのに言葉を紡いだ。 「どんだけ一緒にいたとか関係ないやろ!あんた友達おらへんの!?」 「……」 「一緒にいて助けてあげたいって思うたらあかん!?どんだけでも一緒にいたら認めてくれるん!?」 「…いや、そうだ。共有した日々の多さは関係ない」 「…そうや」 理解を示してくれたことに、卑弥呼は拍子抜けしたようで、先ほどまでは怒らせていた肩を落とした。趙雲が、話のわからない奴ではないと認識したのかもしれない。 「私にも一人、面白いくらい…考えのわかる人がいる」 「……あんたの、ともだち?」 「…たぶん」 「たぶんてなんや」 曖昧な答えに、当然のように踏み込んでくる子供らしさに、趙雲は苦く笑った。どういえば、理解してもらえるのやら。 「いや、よくわからないんだ。近すぎる気がして…」 「なんでわからへんの?」 「…よく似たもう一人がそこにいる気がする、というのかな」 「そのひと、いなくなったらいややろ」 ああ。 趙雲はおかしくなって笑ってしまう。彼女にとって、妲己が友達であることは揺るがないことなのだ。どれだけ周囲が止めようと、彼女は決して自分の心を曲げない。 そして、たった一人の友達のために、自分の力をなげうって。 だから、そんな人がいなくなったら嫌だし、哀しい。 「―――…たぶん。何かあったら、わかるんだ。彼が、命に関わるようなことが起きたら…たぶん」 幸村のことが思い起こされて、趙雲はなぜだか酷く寂しくなった。 もとの世界に戻れないまま、信玄のもとへ戻った幸村。ただ、無事なことはわかる。近くにいなくても、感覚的なものだが。 「そしたら、助けに行くやろ?」 「…あぁ」 「うちはそれが妲己ちゃんなだけや!妲己ちゃん、うちにいろいろ教えてくれるんや」 「…好きなんだな」 「当然やん!だから、助けてあげるんやもん。妲己ちゃん、頑張ってるんやから」 卑弥呼はそれから、妲己がどんなことをしてくれたか、それを嬉々として語った。はじめは決して仲が良かったわけではないことも含めて。 そうして胸を張って話す少女の姿に、趙雲はどうしようもないくらいにもやもやと、自分の中に占める気持ちに気づかされる。 寂しいとか。羨ましいとか。そんな下世話な気持ちが。 今はそれどころではないというのに。 「…どないしたん」 「いや、なんでもない…」 「なんでもないって顔やないで。なんや、泣きそう…」 「…いや、本当に、なんでも…」 慌てる趙雲に、卑弥呼は唐突に叫んだ。 「…逢いたいなら、逢うたらええやん」 なにを、と言おうとして、口をつぐんだ。 見透かされた。そうでなければこんな言葉、出てくるはずがない。 趙雲が何か言おうとした時だった。太公望たちが戻ってきて、妲己と卑弥呼をそれぞれ檻車で諸葛亮のもとへ送るという話になった。少し疑問に思ったが、趙雲はそれを口に出すことはしなかった。 (復活した遠呂智を見て…どうする。私たちが、遠呂智も妲己も倒して…そうしたら) この世界に、彼女は一人残される。 生き急ぐ。幸せを求めて必死に前しか見ないで走っている。 そんな少女の姿に、趙雲は似ても似つかない一人を思い出しては頭を振った。 今はそんな時ではない。 だけれども。 (…逢いたい) そうしたら、あんな風に妲己を語る少女の姿に遠くその人を思い起こすことなど、もうないのに。 |
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再臨で離れ離れになっちゃったのと、卑弥呼があんまりにも友達友達言ってるので、書きたくなった。 そんなわけで、まだたぶん自覚できてない趙雲です(笑) それにしても卑弥呼と妲己の関係は、大変こう…ストックホルム症候群…なんじゃ…って気がしてしょうがない…。そんなわけでサイト初の趙幸でした。 |