彼女がいるから始まる世界
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こいつが立っている限りは絶対この背は守り続ける。絶対に死なない。絶対に生き延びる。 さすがにどれだけ剣をふるったかわからず、何人斬ったかもとっくに見失った頃、一撃で敵が倒せなくなっている事に気づく。 くるり。お互いの位置を入れ替えて、まだ戦う余力のある相手をァ千代が斬る。宗茂の前にいた敵も同じくだ。 自分の前にいた敵もそうだけれど、ァ千代の前にいた敵はもっと顕著だった。 もう、手に力が入らないのかもしれない。 (…当たり前だ) さっき、震える背に手をまわしてわかった事だ。彼女の身体は自分のそれよりずっと細い。小さい。鎧に身を包んで平気な顔をしていても、彼女は間違いようもなく女で、自分に比べたらずっとずっと、非力だ。 幼い頃に手合わせをした時はいい勝負だった。大人になってからはお互いなんとなく手合わせもしなくなったけれど、清正などに挑む彼女を見ては豪快だなぁとか、餓鬼だなとか、笑った。でもなんとなく自分から望んで彼女と手合わせする気はなかった。自分の中の面影のまま、彼女と自分の力の差はない。それで良い。 本当はただ怖かったのかもしれない。 本当は、ただ、認めたくなかったのかもしれない。 「ァ千代、大丈夫か」 「ふざけるな。この程度立花にとっては…」 「そうか」 彼女が自分よりずっと弱くなっている事。ずっとずっと、女らしくなっている事。女として、意識しているという事も。 たぶん、敵としてァ千代が現れたら自分は勝てない。それとは別の意味で。 そもそも、戦う力が出るかすらわからない。その背を守るのはいつも自分の役目だ。彼女がいる、その先にある万難を排する。そうやって。 だから気付きたくない。 今、意地を張った彼女の息が上がっていたことも。 敵にふるう刀の威力も、弱くなっている事も。 彼女の為に、自分の今があって、自分は力を磨いてきたのだ、とも。 本当は彼女の前に立ちはだかる全てを薙ぎ払いたい。そう出来ればいい。でもそうじゃない。自分はこの戦場でこそ、彼女を守りたい。彼女の抱える、「立花」の矜持を捨てさせない為に。 彼女の拠り所を守る為に。 (ああ、今気付くのか…) 自分は昔から、他の人間より出来ると思っていた。だから父が自分たちの為に犠牲になった時にも悔しかった。泣かなかったのは、自分がすでに立花だった事と、男が泣くものではないと思ったからだ。そんなみっともないところ、ァ千代の前で見せられない。だから薄笑いして耐えた。必死に耐えて、何とかやり過ごした。ァ千代が好むのは男らしい男だ。弱い姿を少しも見せず、その背で生きざまを伝えていくような男だ。自分もそう在らねばならない。そうでなければァ千代に、背を預けてもらえない。 だから。 ――だから。 泣きたいな、と思う。 あの時、父が自分たちの為に犠牲になった時。 ァ千代が他の男と親しげに話している時。 西軍に与して、今この危機に、彼女を晒している事も。 (もし死んでしまったらどうする) ふと考える。 それが怖くて彼女を戦場から逃がそうとした。だけど彼女はそれを選ばなかった。泣きながら。 戦場から、逃がしたのはここが死地だと知っていたからだ。彼女に生きてほしかった。生きて、この場を逃れてほしかった。自分の死ぬ姿も、彼女の死ぬ姿も。 見たくない。見せたくない。 こんな時に気付くのだ。 ああ。 「…泣きたいな」 「なんだ?」 「いや」 もうずっと、そうだ。 小さな子供が自分の中でずっと、愚図っていて今にも叫び出しそうだ。 死にたくない、死なせたくない、傷つけたくない、傷つけてなるものか、絶対生き延びてやる、こんな敵地でそれが出来るわけがない、―――誰か。 誰か彼女を助けてくれ! こんな風に、実のところ献身的な自分がいる事に。 奇跡を起こすなら、彼女と俺と。 |
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お題「君で変わっていく10のお題」から「涙が流せるということ」 どうしても宗茂がヘタレになってしまうのです。残念。 |