負けない戦を真っ直ぐな君のために




 ずいぶんあいつは天然なんだな、とぼやくように呟いた清正の言葉に、三成は読んでいた書物から顔を上げた。唐突な来訪だった。
「…何を、突然…」
 幸村が天然だ、というのはある程度幸村と親しくなると皆が口を揃えて言う言葉だ。事実、三成もそう思う。戦に出るとその天然ぶりはなりを潜めて、その二面性に驚かされる。そして次に、その二面性の極端さに不安を覚える。そしてそれは、誰もがそう言う。
 昔、信玄を師事していたという左近も言っていた。あの頃からそうなのだ、と。兼続も言っていたし、前田慶次も言っていた、と兼続から聞いたことがある。そんな風にいろんな人に妙に心配される男、というのが真田幸村だった。
「いや、おまえがずいぶん過保護になるのもわかる、と思った」
 その日は、書物を読むのにはちょうどいいくらいの月夜だった。普段ならば正則などが邪魔しにくるのだが、今日はそういう事はないので落ち着いて本が読める、と思っていた矢先の清正の訪問だった。
「…わざわざそれを言いに来たのか?とんでもない暇人だな」
 思わずため息まじりにそう言ってやれば、清正は肩をすくめた。本当にそれを言いに来た様子で、それ以上何を言うでもなく座り込むのを見て、もう一度あからさまなため息をつく。
「一体何だというのだ」
「いや、ちょっと確認をな」
 そう言った清正はどことなく腑に落ちないという顔をしている。腑に落ちないのはこちらの方だ、と三成は言いたい。特に何をするでもなくわざわざ来訪してそれだけとはどういう領分なのか。そもそも、幸村について認識を改めたというならそれでいいと思うのだが。
「幸村が天然だったのがそんなに驚くような事だったのか?物事の本質を見ぬからそうなるのだ」
「…おまえが言えた義理か」
「なん…っ」
「あいつ、放っておくと死ぬな」
 清正は、月を見上げながらぼんやりそう呟いた。感慨も何もないような、ただぼんやり思ったことを言っている。そういう口調だ。その時の清正の反応は、普段三成や正則を相手にしている時とも違う。ねねや秀吉の前にいる時とも違う。
「……何?」
「いや、しみじみそう思った」
「…まさか、天然だから、とか言うのでは、ないだろうな…」
「言うか馬鹿。そうじゃなくて。…おまえだって気づいてるんだろう?」
「……何故それを、おまえに話さねばならぬ」
「さぁな。俺が語りたいってだけだ」
「………」
 このところ。
 三成はずっと一つのことを自問自答し続けていた。幸村は平時は人当たりのいい好青年で、正則いわく女からももてる男。にも関わらず、戦となると人が変わる。前へ前へ。走ろうとする。敵地へ、一歩でも早く。近づこうとする。その為に奮戦する。その戦い方が、酷く、死も恐れぬ、と身体であらわしているようで。
 そんな彼を、三成はずっと気にかけてきた。だがその程度は皆が思っていることだ。
 だからこれは、特別なことではない。特別な感情ではない。そう思いこもうとして、夢にまで見て、だが本当にそうだろうか?と悩むようになった。
 そして、それを隠して三成は口を開いた。
「………幸村は、別に死にたがっているわけではない」
「………」
「死にたい、のではない。もののふらしくありたい、と思っているだけだ」
「……」
 清正は何も言わない。あぐらをかいて、背中をまるめて肘をつき、聞いているのかいないのか。そっぽを向いたままだ。三成はこれまで何度も自問自答したことを語った。清正の無言の真意がわからなかったのもある。気がつけば、自然と饒舌になっていった。
「戦に出るたびに、あいつはそれを強く願う。その結果が、あの危なっかしい戦い方になる。…とはいえ、あいつの槍は他の誰にも劣らぬ。あいつが、もののふらしくと願いながら鍛錬を続ければ、それだけその武技は研ぎ澄まされて…そう簡単に、死ぬことなど…」
 朝に夕に。彼の姿を見かけてはそう思う。朝も早くから鍛錬をする幸村は、どんな時でもそれを続ける。たとえば陣幕の外、戦の中でも。少しでも暇があればそうしている。そんな風に見えた。
「危なっかしい、が、そんなものは、戦に勝てばいいだけの話だ…!」
「…なるほど、だから兵法書、か」
 今まで黙っていた清正がぽつりと呟く。その言葉に、三成はこれでもかというくらいに反応した。 左近などが持っていた兵法書を最近読み漁っていて、清正が来る直前もそれを読んでいたのだ。まさか気付かれているとは思わなかった。
「…何が悪い」
「……」
「俺は、俺の出来ることをやるまでだ」
「…相変わらず」
 清正は最後まで言わずに言葉を飲み込んだ。
 構えたが、何かを言う素振りはない。
(…俺は何も間違ってない)
 幸村に、危ない真似をするなと言った。大丈夫ですと返された。しかしその都度決して大丈夫とは思えないような戦ばかりをする幸村に、苛立ちは募った。左近に相談してみれば、あいつは直球じゃないと通じませんよと苦笑された。左近も、過去に諌めた事があるのだという。だけれども、やっぱり大した収穫はなかった。そして兼続にも相談をした。兼続は、幸村の生き方は嫌いではない、と苦く呟いた。無理に生き方を変えようとしても、どうにもならない、と兼続は言った。
 それからしばらくして、そういえば、と左近が思い出したように語った。信玄に師事していた頃、信玄自身も幸村を心配し、諌めたことがあったという。だけれども、結局変わらなかった。信玄の言葉は直球で、いくらかは彼の心に響いたようではあったが、結局変わらなかったのだ、と。

――だったら。
 だったら、どうすればいい?

 そう考えて、毎日毎日考えて。
 そして出した結論は、負ける戦をしないことだった。
 三成はあまり戦に強くない。武働きもだが、戦術というものを効率的に生かすことが出来ない。だから左近を二万石出すと部下にした。
 幸村はたぶん、どう言ったところで生き方を変えることは出来ない。その不器用に真っ直ぐなところが、嫌いで、そして好ましい。
 だからこそ、自分はどうにかして彼を生かしたい。
 諦めたりなどするものか。
 ただで死なせたりしない。彼の望みなどかなえてやらない。
「…俺は」
 清正に聞かせるというよりは、自分に言い聞かせるように口を開いた。
「…諦めが悪いのだ」
「そうだな、知ってる」
「……手伝え、清正」
「何?」
「…左近と兼続にも、話は通してある。俺は幸村が笑って死ぬような世にはしない。俺が、俺たちが目指すのはあくまでも皆が笑って暮らせる世だ。秀吉様が目指す世だ。それが、俺たちの家だ。だから、手伝え、清正」
「……珍しいこともあったもんだな…」
「どっちだ」
「…ま、多少は手伝ってやるさ。俺も、気になった一人ではあるからな」
 言いながら、清正は肩をすくめた。
 幸村は何も知らない。それでいい。彼には残酷な話かもしれないが、それでも三成はもうとっくに決めたことだった。
 どうしてだ、とかもう考えるのはやめた。悩んでいたって解決はしない。ならば前に進めばいい。そうやって口に出せば、誰もが珍しいと言った。幸村のせいか、とも笑った。幸村のせいなのだろう。ようやく認めることが出来たのだから。

 だからどうか。
 生きてほしい。


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せいぞんせんりゃ(ry