人を惹く
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「好きなやつ、いるか?」 にこり、と微笑みながら聞いたのは、笑顔の鉄仮面。立花宗茂だった。 その場にいたのは清正と三成で、それを聞かれたのは幸村だった。 「…そうですね…」 「皆好き、はナシで頼む」 宗茂はさらに幸村の言いそうな言葉をさらりと阻止した。その場にいた清正と三成は、二人揃って変な顔をしている。が、黙っていなかったのは清正だった。 「おい宗茂、いきなり何言って…」 「ん?いや、男が四人も揃えばそういう話になったっておかしくないだろう?」 「なるほど。確かにそうですね。宗茂殿はどうですか?」 「俺か?俺は言わなくてもわかるだろう?」 「わからん!」 我慢ならない、と言ったのは三成だった。清正もその点については否定しない。本人は酷く驚いた顔で、しかしその驚いた顔すら作ったもののように見えたのだけれど、とにかくあっさりと言った。 「そうか?三成は鈍いな。俺はァ千代一筋だ」 「だからそれが…」 「ああ、やはりそうですよね」 「え?」 「いえ、宗茂殿のことはよくァ千代殿からお聞きしますから」 「…ァ千代から」 「ええ。あぁ、義姉が親しいようでして。真田との行き来も多少…知っておられますよね?」 宗茂の不穏な空気を感じ取ったのか、うかがうように幸村が問う。言われて宗茂は、一瞬真顔になった後、いつものような笑顔をどうにか浮かべて頷いた。 「ん、ああ。ああそうだな…そうだったかな」 「おい宗茂…」 あきれ顔の清正に、宗茂は僅かに剥がれかけた笑顔の仮面をどうにか元に戻して、幸村に向き直る。 「まぁいい。それで、好きなやつだ」 「私ですか…?お恥ずかしい話ですが、そういう相手もおりません」 「女は周囲にたくさんいるだろう?」 「向こうが嫌がりますよ」 「…そんなことないと思うぞ…」 宗茂と幸村のやりとりを黙って聞いていた清正だったが、我慢出来ずにそう呟いた。無論これは、甲斐姫やくのいちが連日幸村のことで騒いでいるのを知っているからだ。だが幸村は全くそういうことを知らないようだ。一体どうやったらあの二人の会話が耳に入らずにいれるのか。 「三成殿と清正殿にはどなたか想う方がいらっしゃるのですか?」 途端、話題がすりかわった。内心宗茂は舌打ちするが、これはこれで面白い展開だ。清正は無言で焦っているし、三成はあからさまに態度がおかしくなっている。 「い、いや、その、俺は…その…」 三成がしどろもどろになっている。明らかに幸村の顔も見れなくなっている。普段が普段なだけに、幸村の前で唐突にこんな態度になる三成を、宗茂は普段から実に面白いと思っている。これだけされれば普通何かしら気付くものなのだが。 「どなたかいらっしゃるのですね。いつか紹介して下さい」 幸村の言葉に、三成は曖昧に頷いた。紹介は出来ないよな、と宗茂も頷く。だって目の前でそう言ってる本人が相手なのだから。 そして清正も。 「…俺は別に」 「嘘をつくな清正」 さらりとその場をごまかしそうだった清正に、宗茂はにこにこ微笑みながら追い打ちをかけた。途端に物凄い勢いで睨まれた。 「………」 途端に黙り込んでしまった清正に、宗茂はやれやれと肩をすくめた。幸村は全くわかっていない風だが、この二人がひそかに想いを寄せている相手というのは幸村のことだ。とはいえ二人は二人とも、全く身動きが出来なさそうなのだけれど。 「幸村はどういう相手がいいとかないのか?」 黙りこくる二人に助け舟を出すように、宗茂がそう問いかけた。しばらく考えた幸村は申し訳なさそうに笑う。 「私など、まだまだ未熟者で」 「未熟だと誰かを好きになれないのか?」 少し意地悪かと思ったが、あえて追い込んでみた。幸村はふと真面目な顔をして、それから口を開く。 「……そういうわけでは。ですが、…なんでしょうね。私は昔からそうでしたから」 「ん?」 「誰かを想うとしたら、私はその感情に責任を持ちたい。…ですが、私にはそれが出来ない気がするのです」 「……」 「誰かのせいにしたり、誰かに寄りかかりすぎたりする」 「だから?」 「昔からそう思っておりました。たぶん怖いのです。何かを特別に考えることが」 「………」 「だから…。…いえ、すいません」 「ゆ、幸村…」 「申し訳ありません。面白くもない話を」 「…いや…」 「すいません。私はこれで失礼します」 言って、踵を返した幸村を、その場の誰も追いかけられなかった。 それぞれが何を考えているかはともかくとして、宗茂にはその気持ちはわからなくもなかった。誰か一人を特別に想うのが怖いという、それ自体は寂しい考え方だと思う。だが、わからなくはない。 その相手の言動で、一喜一憂して振り回される。周りにそう見えなくても、宗茂はァ千代の言動に振り回されている。 「…あいつは誰か、好きな人がいるかもしれないな」 ぽつりと呟いた宗茂に、清正と三成は無言だった。 だが、じゃあ一体誰が?なんてことを簡単に聞ける雰囲気ではなくて、さすがの宗茂もここが引き時だ、と考える。 あれ以上を、ただの興味本位や友人たちの反応を楽しむ為だけに聞き出す事は出来ない。それをやるべきは、ここでだまりこんでいる二人だろう。もしくは、彼を慕う誰か。 それくらいの気持ちがなければ、彼自身が作っている障害を乗り越えられない。 「…面倒だな」 ぽつり、と呟いた。ほとんど無意識に。 無意識に一人であろうとする男に、どう動けばいいのやら。立ち尽くした。 ただ、なるほどな、と気づく。 驚くほど自分を律している幸村に、手を伸ばしたくて躊躇って、気がつくと引き返せないところに踏みこんでいる。 そういう風に、人を惹くのだろう。 (あれはこわい奴だな) そう内心で呟いた。幸村の背は、その頃にはもう見えなくなっていた。彼を想う彼らはまだ動けないまま。 |
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ペーパーで配ってたやつなんですが、それにしちゃちょっと雰囲気がアレな話でした。 |