向かい風の吹く




 幸村のところに宗茂が厄介になっている、という話を聞いた時、一瞬何を言われたかわからずに清正は黙りこくった。隣で正則はおおいに騒いでいる。なんでだよ、と騒ぐ正則に対して、甲斐姫はむすっとした顔で言った。
「喧嘩したみたいだけど!?」
 喧嘩。
 宗茂が喧嘩をするような相手は一人しかいない。清正はそこでようやくため息をこぼした。
 相手はおそらくァ千代だ。あの二人は同じ立花のくせに、変なところで息が合う癖に変なところで徹底的に頑固だ。喧嘩を始めればそれこそ周辺に草一本生えない。
 周囲の者になんとかしろと言っても、立花関係者たちは全て、笑顔で「嵐が過ぎるのを待つしかないです」と答える。まぁ雷神風神二人が喧嘩していればそれは勿論、嵐になるのだろうが。
「…それでどうして、幸村が巻き込まれたんだ」
 自分の声が明らかに不機嫌な声音なのを必死に抑えつつ、清正は冷静さを装って尋ねた。甲斐姫はため息をつきながら答える。
「知らないわよ。ちょっとアンタ、清正!アンタあいつと仲いいじゃない。行ってきなさいよね!」
「…俺が?」
 宗茂の言葉を借りるならまさに「面倒だ」としか言えない場面だ。というのも、宗茂は清正が幸村をどう思っているか知っている。知っていて、おそらくわざと幸村を巻き込んだのだ。自分が喧嘩をしている横で他人にかまう余裕がある男なのだ。宗茂という奴は。
 そう考えると、実に気の進まない話だった。確実に、あの男は清正が来るのを待っている。しかも幸村を前にした反応を見たいが為にだ。だが、幸村が宗茂相手にどうしているのかも気になって、結局。
 何をやっているのか、と遠い目をしながら、大阪の幸村の屋敷を訪れる清正がいた。

 宗茂はといえば、大層不機嫌だった。
 喧嘩の原因は実につまらない内容だ。どっちが強いかという話だったのだから。
「………ァ千代は幸村贔屓だ」
「そうでしょうか…」
「幸村は女にもてる」
「そんなことはありませんよ」
 先ほどからずっと、こんな調子だ。幸村は宗茂の言葉を正座でずっと聞き続けて、相槌をうっている。宗茂はといえば、本当に客人なのかというほど横柄な態度で、不貞腐れたままだった。
 どちらが強いのか、という話は、実際のところは宗茂とァ千代の話ではなくて、幸村と清正の話だった。
 先に言いだしたのはァ千代だった。幸村の槍は見ていて清々しいと、微笑みながら言った。微笑みながら。それが気に食わずに宗茂は対抗した。いいや清正の方が強い、と。そこで生まれた意見の食い違いに、両者はとうとう折れることをせず、たまたまその場を通りかかった幸村におまえと清正はどっちが強いのかと迫り、幸村があっさり清正だと言ってもァ千代はまだ納得せず、幸村を説教にかかるありさまだった。
 またその、幸村を説教するァ千代の姿に宗茂は年甲斐もなく苛立って、ほとんど力任せに幸村を盾にとって今ここにいる。
「………」
 はぁ、と思い切りため息をついた。餓鬼だなぁとは思うのだが、どうもァ千代が絡むとうまくいかない。宗茂にとって幸村と清正のどっちが強いかなんて事は別段張りあう必要のない話なのだが。
「ァ千代殿、きっともうすぐここへ来ますね」
「いや、どうかな。たぶん清正が先に来る」
「…清正殿ですか…?」
 心底わからない、という顔をする幸村に、宗茂は肩を竦めた。清正が幸村を好いている、というのを宗茂は知っている。とはいえ本人から相談された事はないのだが、宗茂のようにいつもいつも誰かから、そういう目を向けられるのに慣れている人間からすれば清正のそれは実にわかりやすかった。
 だからきっと、清正は誰かからこの騒動を聞きつけて、仕方ないといった様子でここに現れる。それから、幸村にすまなかったな、と言いながら自分を無理やり連れていこうとする。まぁもしそうなったとしても篭城の構えなのだが。
「宗茂殿は清正殿とずいぶん親しくされているのですね」
「ああ、そうだな」
 そこは否定しなかった。実際清正とはずいぶん馬が合う。あの実のところ世話焼きな感じがわりと好ましい。
「口うるさい奴が結構好きなんだ」
「はぁ…清正殿、口うるさいのですか」
「幸村には違うかもしれないな」
「…そうですね。私の知る清正殿は…なんというか、よく難しい顔をされている気がします」
 それはおまえを前にして変な顔しないようにしかめっ面してるからだろうと思ったが、あえて黙っておくことにした。それに幸村の周辺は、特に口うるさい奴らが蔓延っている。言い方は悪いが、生前の三成も、上杉の家老である直江兼続も、とにかく口うるさい。そして彼の義姉の稲も、甲斐姫やくのいちも、なかなかだ。そう考えると、幸村の周りはいつも賑やかで、清正程度の口うるささは全くものの数に入らないのかもしれない。
「清正は結構過保護だな。自分がそうされてきたからかもしれないが」
「…はは、なるほど」
 幸村は笑っている。過保護の対象は間違いなくまずは正則なのだが、今ではその対象に、宗茂も幸村も入っている。が、清正にとって幸村は難物だ。世話を焼こうにもあまり隙がない。
 ふとそう考えて、宗茂は内心で清正に強く同情した。ああ可哀想だなぁ清正…などと思っていたところに。

「おい、宗茂」
 予想通り、ァ千代よりも早く、清正が姿を現した。


 清正が声をかけると、満足げに笑う宗茂と、驚いた様子の幸村が見てとれた。二人で一体どんな会話をしていたのかは知らないが、それにしても。
「幸村に迷惑をかけるな」
 そう言うと、幸村と宗茂が何か申し合わせたように笑った。その様子に清正は内心さらに苛立つ。
「幸村も、こんな奴の相手をしてやる必要はないんだぞ」
「そのような。しかしさすがですね、宗茂殿」
「あぁ、だてに世話を焼かれ慣れてないからな」
 何の事だかわからない。が、今回の一件で幸村と宗茂が仲良くなった気がして、清正は湧きあがる苛立ちを必死に握りつぶした。
「そんな怖い顔をするな、清正」
「…させてるのは誰だ?」
「俺か?幸村だろう?」
「…わ、私ですか…?」
 唐突に名前をあげられて、幸村がうろたえる。そんなわけがないのだが、宗茂の堂に入った屁理屈は、なかなかのものだった。
「幸村が俺に対してきちんと接しているのが、清正は嫌なんだろう?」
 それは要するにおまえに苛立っているんだ、と言おうとして、清正はやめた。そうやって怒鳴っていては宗茂の手の内だ。
「屋敷の外に、ァ千代がいたぞ」
「…へぇ」
「いってやれ。入る勇気は、あの女にはないだろ」
「幸村の屋敷だからか?」
「馬鹿」
 思わず心の底から、素早くそう言い捨てると、清正は大きくため息をついた。宗茂の重い腰を無理やり引きずって浮かせると、そのまま蹴るように外へ連れ出した。しぶしぶァ千代の元へ向かう宗茂を見送ってついぼやく。
「…世話が焼けるな」
 思わず呟いた言葉に、幸村が笑う。
「なんだ」
「いえ、宗茂殿が、清正殿は過保護だと言っていたので」
「……」
 言われて否定が出来ない。清正は思わず黙りこくった。
「ですが、清正殿にそうされている方は皆幸せそうですね」
 宗茂殿も正則殿も。そう言っている幸村は、宗茂の去っていった廊下を見ていて、こちらを見ていない。そうやって違う方を見ている幸村を、清正は見ている。視界が重なることはないのかもしれない、とふと思う。
「…何なら幸村も面倒みるぞ」
 ぼそり、と呟いた。
 言ってから後悔したが、もう遅い。が、幸村は清正の言葉をどう受け取ったのか。
「…そうですね、では何かあった時にお願いします」
 幸村はそう言って、やはりこちらを見もしないで笑う。
 幸村に何かあったらその時はまずくのいちが傍にいて、ついで兼続が寄っていって、それにつられて慶次も来て、くのいち側から甲斐姫がいって。
 何かあった時、なんてきっとすっかり清正の出番なんてないのだろう。
 この距離感。
 つくづく遠い、と清正は苦く苦く思う。縮まらない距離感に、苛立つ。
 宗茂は一体どんな話をしていたのだろうか。そんなことを考えて、だが顔には出さず、清正は薄く笑った。





BACK

なんだか「伝う色」の続きっぽいような、そうでもないような。私の書く宗茂はもれなくァ千代大好きです。
あと書いてて気がついたけど清正の横にいる宗茂を書いている時の私のテンションは2兼続と一緒である、と…!(笑)君がいないと話が続かないよね!っていう。