左近が成した、上杉・武田・織田、そして孫呉を交えた対遠呂智包囲網は見事にその目的を果たして、復活した遠呂智を再びの眠りにつかせた。 遠呂智の今後については、たぶん仙人である伏犠がどうにかするのだろう。 左近が得た情報では、他の勢力にも見慣れぬ顔があり、どうやらそれが仙人らしいことが判明している。彼らが集まればまた遠呂智の復活、なんて憂き目も免れることだろう。 そうして左近は「もう一人の意地っ張り」のところへ向かうために馬にまたがった。 (信長公のところにいるんなら、無理にでも来ればいいものを) 幸村が蜀から離れて武田信玄のところに戻ったのは知っているはずだ。 しかし彼はその話が出、援軍の話が出た時についてこなかった。妙な意地でもあるのか。 (そういや二人とも言ってたね) 兼続と幸村と顔をあわせた夜、酒を酌み交わした時に彼の話題が出た。最初のおおきな戦いの際、彼らはそれぞれ別の勢力で戦っていた。だが二人とも、彼と出くわした時には同じことを言われている。
―――来い、と。 それが「戦え」という意味か、「ついてこい」という意味かについては、両者ともに「戦え」という意味にとっていたようだった。まぁ戦場で、方や遠呂智軍という状態では、それ以上の意味など考えつかないだろうが。 立場的にしょうがなかった。そう言われれば納得もするのだろうが、それでも親友に刃を向けられたことは衝撃だったらしい。二人は二人とも、その話題に終始した。 (そんな風にしちまったから、自分からは顔向けできない、ってわけですかね) 意地っ張りにも程がある、と左近は馬上で苦笑した。急ぐ旅ではないから、先ほどから馬の腹を蹴ったりはせずに気ままに歩かせている。 左近は知っている。家康と緊張状態がついにここまで来たか、というあの京の夜。 助けに来てくれた幸村に対してずいぶん酷いことを言ってしまったと後悔して、幸村に話しかける機会を探してずっと視線で追いかけて、ようやく馬の手入れを、皆から少し離れたところでしているのを見つけて。 それでも出ていけなくて、しばらく物陰で見ていたのも、だ。 いいからいってきなさい、と強く背を押してやれば、三成は勢いあまって「大切にしたい人」とまで口を滑らせた。 …まぁ、幸村はそれをただただ素直に真っ直ぐ受け止めて、「友として」だと思ったようではあったが。 それでも、あれから変化があった。幸村は多少三成を気にするようになったし。 (なのに、また逆走してどうするんですか。まったく…) よく言っていた。 幸村が時折ふっと虚ろな目をするとか。 左近には思い当たるところがあったが言わなかった。その一瞬のことを、左近の思い当たることに限定して考えたくなかったのだ。 ただ、もし左近が考えるように、武田を失った幸村が、虚ろな眼差しをするのだと言うのなら、今はもうそんな理由はない。 彼は、そんな目を見たくないと言っていた。 だったら、今こそまさにしてないんですよ、と教えてやれば喜ぶだろうか。 (…まぁ、微妙ですかね) でも仕方ない。 尊敬する人というのと、恋をする相手というのとは違うのだ。 だから、仕方ないから、左近はもう一肌脱ぐつもりでいる。 そうして、満面の笑みで迎えるだろう幸村を見て、さてあの人はどうするか。 そう考えていた時だった。 「左近殿!」 「左近!」 呼ばれてはっと振り返れば、そこにいたのは馬を駆ける二人の若者―――幸村と兼続で。 「な、どうしたんです」 「伏犠殿にお聞きしたのです!左近殿がもう一人の意地っ張りに会いにいったと」 伏犠の名に、左近はああ、と納得した。 「……はぁ」 「私も幸村もそれでわかったのだよ。三成だろう!?」 「え、ええまぁ…」 伏犠にはわからずとも、幸村と兼続にはわかったのだろう。遠まわしに言った人が誰だったのかを。そしてもちろん、当たっている。 「私もお供させてください!」 「そういうわけだ!」 「…うちの殿って恵まれてますよね」 思わず情けなく笑って、左近は二人に頷く。 石田三成、あの人は。 人に嫌われやすくて他人に手助けされるのが嫌いで、さして戦働きがうまいわけでもないのに背後でじっと控えていられるほど冷静でもない。 だが、左近にとっては自分と同じ禄で召抱えると言い放った人物で、偽りだったとはいえ一度は敵として戦った二人から、声を揃えて逢いたいといわれるような人だ。 「三成殿に一度言われたのです。俺が死んだらおまえはどうなると」 「…へえ」 「あの時、ああ私は三成殿を不快にさせてしまうんだなと思いました。…恥ずかしながら、やはり依存したかった。それを三成殿は見抜いておられた」 語る幸村の視線は真っ直ぐだ。 兼続の方も、左近の方も見ない。 「今ならば、三成殿の言葉を…後ろめたい気持ちにならず、聞けると思うのです。だから、逢って言いたい」 「…なんて?」 「そうですね。気づかせていただいたことに、感謝と…それと…」 口ごもった幸村が、うっすら頬を赤らめた気がして、左近はそこで幸村の言葉を遮った。 「…はは、まぁ、わかった。思う存分伝えてやってくださいよ。きっと、あんたからのどんな言葉でも、喜ぶでしょうから」 「だが三成のことだ、眉間に皺を寄せて幸村を困らせるのだろうな!」 幸村が何を伝えようとしているのかは知らない。 だが、おそらくは、三成がそれを聞いて喜ばないはずがない。 そんな言葉の気がして、左近は笑った。 「さあて、じゃあ殿の驚く顔と喜ぶ顔でも見に急ぎますか!」 左近の号令に、二人は頷いて馬の腹を蹴った。 風が吹いている。 遠呂智のつくった世界だったが、地上には花が芽吹いている。 種を撒けば花が咲き、緑が芽吹き、荒れた土地がならされていくだろう。 案外悪くない世界だ。 遠呂智が現れる前の時もそう思っていたことを思い出して、左近は二人を追うように馬の腹を蹴った。
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