世界の中心で




 戦が終わり、曹丕たちは戦の後始末におわれている。
 甄姫は、先ほど風魔が化けていた偽の曹丕から受けた傷をおさえて少し離れたところで俯いていた。
 そうしていると、腕から伝わってくる、細かな震え。甄姫は歯を食いしばり、何とかそれを抑えようとやっきになった。あれは偽者だということはもうわかっている。本物の曹丕はすぐ傍にいて、助けてくれた。
 にも関わらず、甄姫の身体は細かに震え続けている。
 曹丕に愛想を尽かされることがこんなに怖い。偽者だったとはいえ、あの声で、あの姿で、あの目で。そう言われたことが甄姫にとってはかなりの衝撃だった。
(早く…止めなければ)
 だが甄姫の意志に反して、身体は言うことを聞いてくれそうもない。
「甄よ」
 は、と気づけばすぐ傍に曹丕が立っていた。俯いていた甄姫を心配したものか―――その表情からはわからないことだったが、いつものように険しい表情で曹丕は甄姫の前に立っていた。
「わ、我が君」
「傷が痛むか。見せてみろ」
「い、いえ!大丈夫ですわ。我が君が心配されることなど…」
 この震えを知られたくない。触れられてしまったらすぐに知られてしまう。いまだに震えが止まらない甄姫を、曹丕はどう思うだろう。戦場に立つことを望んで、曹丕の隣にいることを許されているというのに。所詮はただの女と飽きられてしまうのではないか、そう思って甄姫は懸命に微笑んでみせた。
 しかし曹丕は腑に落ちない様子で、甄姫をじっと見つめている。
 何とかうまい言い訳を考えて、曹丕から離れなければ。そう思った時だった。
「甄よ」
「はい…」
 その瞬間、曹丕の眼光は数段鋭くなった。

「跪け」

「―――っ」
 敵に対するように言われて、甄姫は息を呑んだ。震えが強くなったような気がする。歯の根がかみ合わない。俯いたまま、言われる通りに跪いた甄姫は顔を上げられなかった。
 曹丕はそんな甄姫をただじっと見つめている。何も言わない。
―――が。
 唐突に、ふわりと甄姫の上に何かが覆いかぶさった。
 視界が青一色に変わる。ほんの僅かなぬくもりと、ほのかに感じる、曹丕の香り。
「…あ」
 曹丕の外套が、自分にかぶせられていると気づいて、甄姫はようやくその外套から顔を出し、曹丕を見上げる。
「そうしていろ」
「…わ、我が君」
 それだけ言うと、曹丕は甄姫に背を向けた。遠くで三成がこちらの様子を窺っている。曹丕はまっすぐ三成の元へ向かうと、そのまま手際よく兵たちに指示を出し始めた。
 その背を見つめて、それから甄姫はもう一度、その外套を頭から被りなおしてみる。
 外套にくるまるようにしてみれば、やはり感じるのは曹丕の僅かなぬくもりと、その香り。そうしていると、曹丕に包まれているような気がする。
 気がついていたのだろう。曹丕は。甄姫の動揺も何もかも。
 ぽた、と頬を伝って、涙がこぼれた。
 今までだってずっとそうだった。
 甄姫には曹丕しかいないし、今後もずっとそうだ。
 その人以外を、自分の世界の中に入れられるはずもない。
 遠呂智軍についたからといって、ほんの少しでも苦しんだことや、笛を吹けば悲しい音色になったことや、そんな全てが、もうどうでもいいくらいに。
(私には…この人しかいないのだわ)
 嫌というほど自覚して、そうして。

 ―――あの不器用な人に愛されてよかった、と声を殺して泣いた。




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おろちの「涼州の戦い」で、甄姫救出ステージの話。
甄姫って曹丕相手だと凄く可愛いですよね、大好きです。6でも曹丕にうっとりしてそうなところとかたまらんですクロニクルやるとちょっと複雑ですが、馬岱使って告白されてもいやこれ曹丕曹丕曹丕!と思いこんでいます(笑)だいぶ昔に戦国サイトの方で書いて、行き場所が微妙になかった話、こちらでサルベージ!